マグカップ(All you need is…)

貴方が寝ぼけ眼で毎朝淹れてくれるコーヒーは、私にとって幸せの香りだ。駅前で買ってくるそれらは、専門店で挽かれてその場で真空パックされる。鮮度を保つために。

私は、たまに貴方を真空パックにしたいと思う。刻一刻といつかやってくる「その時」を、どうにかして否定したいから。

私にこんなわがままを言わせるなんて、貴方は本当に罪な人。でも、万が一私が貴方に手をかけるようなことがあれば、それは間違いなく、貴方が私に手をかけた後だ。

貴方の手で息絶えた私の虚ろな瞳の先に、いつも淹れてくれるコーヒーのマグカップ。二つ並んだ、赤いマグカップ。貴方は右側のそれに口をつける。

幕間。

スポットライトはもういらない。

(あの日の告白、まだ後悔していますか?)

貴方が白く滑らかな泡を吹いて私の上に折り重なる。何度も痙攣し、やがて動かなくなる。これで、ずっと一緒だね。同じだね、傷の場所も口癖もなにもかも。

肉体の檻を抜け出し、やっと混ざりあえる、私たち。やっぱりコーヒーは、幸せの香りに間違いなかった。

……なんて、妄想。朝からごめん。

どうしたの? とパジャマ姿の貴方に問われて、私ははにかんで左手に握ったカプセルをポケットにしまった。