最終章 誕生

決して、俺を忘れるな。 運命の日、あまりにも澄み切った夜空に、星々が瞬いている。太古の人々は、その配置に物語を与えて意味を紡いだ。誰もそれをただの化学反応だと切り捨てなかった。一種の浪漫などに准えて、…

第十三章 決意

彼女は僕に、絶対的な孤独を与えてくれました。僕がそれをどうして愛さずにいられますか? あの冬の日、彼女は永遠になった。即ち僕の孤独が永遠になったということです。孤独は『1』。死は『0』。僕が彼女と交わ…

第十二章 素数

そういえば、彼女について何も知らない自分に気付いた。彼女の名前は知っている、笑顔は知っている、怒った顔も知っている。死に顔さえ知っていた。けれど、それ以上の何も、彼は知らなかった。十分じゃないかと笑う…

第十一章 因果

愛や正義は人間の大好物ですからね。人を裁く時も判ずる時も、そこに愛や正義があれば、否、存在などしていなくてもそれを謳えば、どんな利己的な感情も合理的な凶器になる。そのことを君はわかっていましたね。わか…

第九章 彼は気まぐれにキスをする

若宮は動揺を必死に抑えながら、再び咳払いをして 「おはよう、葉山君」 と挨拶をした。途端に背後から、痛い視線の集中砲火を浴びるのだが、若宮は毅然と無視する。 葉山は一歩一歩ゆっくり若宮に近づくと、持っ…

第十章 沈黙の詩

「宝飯玲子は、ここにいるわ」 ミズはそう断言して篠畑を見据えた。篠畑は言葉を途切れさせたきり、その場に立ち尽くしている。ミズはしてやったりとばかりにニヤリと笑った。 彼女の狙いはただの腹いせだ。こんな…

第八章 その面影

「俺を信じるか?」 彼は相手の目をまっすぐ見ながら、というより相手の目をえぐる様な鋭い視線でそう問いかけた。 「それとも、世界を信じるか?」 「……!」 捕えられた相手は、突き付けられている凶器と思し…

第七章 正しい紅茶の淹れ方

春の初めの暖かい風が、彼の頬を掠める。彼の足もとには、芽吹き始めた新しい命たち。朝露を受けてしなやかに伸びる、その葉々を邪魔するように一つ、影が転がっている。朝日を浴びたそれは、先刻、ただの肉塊と化し…

第六章 正義の定義

正義(名)セイ・ギ 【器物損壊容疑の取り調べ時に録音された『彼』の肉声】 「僕は、正義だ。ただひたすらに、自分の正義を貫くだけだ。僕は正義の刑事で、あいつは裁かれるべき殺人犯だった。僕は悪くない。僕が…

第五章 その面影

「――、おはよう」 彼女の記憶から唯一欠けているものがあったとしたら、それはきっと彼が呼ぶ彼女の名前だ。 名前そのものを忘れたわけではない。あの人が彼女の名を呼ぶその声が、どうしても思い出せないのだ。…