戒飭——愛の作法

貴方からの戒飭かいちょくは、愛だと思っていた。疑う余地は一切なく、只管ひたすらに僕は、貴方の愚かな信奉者であった。 このことを過去形で語るのは、綻びを是としない認識を今や僕が忌避しているからだ。貴方が…

アルペジオ

高校生になって創作をはじめた。「ことばのねいろ」という詩歌の投稿サイトに「翅音」名義で自作の詩を投稿しはじめて半年、はじめて自分の作品に「ポイント」がついた。ポイントは作品が良いと感じたときに、サイト…

その夜のシャワータイムは

神は細部に宿るといわれる。だとしたら、今朝発見してしまった枝毛にも、神は存在しているのだろうか。 帰宅して、スーパーで買った握り寿司を適当につまみ、そのまま惰性でシャワーを浴びる。ろくに磨いていない鏡…

【掌編】拾い物

ついに蝉が鳴き出したようで、盛夏を告げる声が耳に入ってくる。彼はぎこちない挙動でベッドに横たわる青年の肩に触れた。 その手が胸元に滑りそうになるのを、彼は精一杯の自制心で堪えた。青年の寝息は穏やかで、…

ご家庭用

曲がりなりにもキマイラの我である。ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持ち、口からは火炎を吐く。人間どもはこぞって我を恐れ、権力者らは報奨金までかけて討伐の対象とした。そう、我は世界の深淵という孤独に…

Drum ‘n’ Bass

「普遍的価値のある事象だけに意味があるだなんて、随分と陳腐な考えだね。別に、それが悪いとはいわない。ただ、神が何ゆえ、僕らに『痛み』を与えたかについて考えたことはあるかい? それは、僕らが生きていると…

薫風

澄んだ空気を鼻から吸い込むと、甘い花のにおいがした。つつじだろうか、くちなしだろうか。草木が生い茂って見えないが、近くには小川が流れているらしく、かすかに水音が聞こえる。 「待ってよ」 私が文句をつけ…

薔薇と5と永遠と

僕は今日も一人、キャンバスに向かって絵筆を走らせている。町はずれのおんぼろなアトリエには、むんとした絵の具のにおいが立ちこめている。僕の目の前には薔薇が一輪挿しに入って置かれていて、僕はそれを描いてい…

日の昇る方にあなたがいる

どこにでもいる兄弟だと思っていた。年の離れた兄は少し引っ込み思案だが、とても優しく穏やかな、ごく普通の青年だと思っていた。 春の足音が聞こえてきたとある日のこと、一通の手紙が届いた。僕が不自然に感じた…

ぼくとおねえちゃん

ベテランパイロット、マイケル・スペンサー(仮名)の証言 「確かに俺は見たんだ。あいつがあぐらをかいて、大あくびしていたのを!」 ぼくには大好きなおばちゃんがいる。でもおばちゃんって呼ぶと怒るからおねえ…