第十三章 決意

どこまでも純粋なのね、あなた。
純粋過ぎたが故、見えなかったものの方が多いんじゃないかしら。
可哀想にね。
約束なんて、忘れて良かったのよ?
あなたは頑ななまでにそれを守ろうとした。
守れなくて、自分を見失った。
二度と戻れない領域へやってきて、独りを選び、腰を下ろし。
ねぇ、寂しくないの?
あんな約束、忘れていいのに……――

葉山は震える指でファイルを閉じた。これも因果か。いや違う。恐らくもっと単純なのだ、答えは。
知らなければ、ならないと思う。知る勇気を今こそ持たなければならない。ここに記されたことが本当であるならば、すべては最初から仕組まれていたことになる。そして、それは若宮郁子の死によってこの舞台を仕組んだ者の思惑とは違った方向へ結んだことにもなるだろう。やはり、あの子は死んではいけなかった。死ぬべきではなかった。
死ぬべきは、僕だった?
いやそんなことはあの子は望まないはずだ。戦い抜き、自分のために死ぬのならば許してくれるかもしれないが、何よりもあの子は「自分を、愛してあげて」と言ってくれた。愛の概念など、今更説明が彼には不要だ。あの時、若宮が命を賭して守ってくれたもの、それが自分にとってのただ一つの愛だから。
生まれて初めての感覚で、だから未だに戸惑っているし、もう二度と味わえないぬくもりを思い出しては、鮮烈に失恋をした気分でもあった。その喪失体験が彼を強くするにはまだ、時間も彼自身の強さも足りなすぎて、痛みと悲しみだけが胸を焼く。
彼女は言った、
「正義なんて、要らなかったんだよ!」
そう。
正義など、定義された時点で誰かの欺瞞になる。
正義など、暴力を正当化するための方便にすぎない。
正義など、あらゆる欲求に理性が対処するためのスケープゴートだ。
正義など。
自分に一種の盲目的で歪んだ正義を植え付けたのは、育った環境のせいもあろうが、その被暗示性を利用し自分をアクターに選んだあの男だ。いずれ戦わなければならないのだ、だったらそれが明日だって、いや今日だっていい。
消えない証を残すために。それは生物が己の遺伝子を遺すというレベルの話ではなく、世界を認識したものの欲求とでも言おうか。自己の存在証明は欲求階層の中でも上位に位置するものであり、それは往々にして自己実現という言葉でも表現される。彼は、その表現すべき自己をようやく理解し始めたのである。皮肉なことに、それを一番見てほしい人の死を以て初めて。
ファイルのそのページだけを抜き取り、スーツの胸ポケットに入れると、葉山は24時間明かりの消えることのない庁舎から離れ、その目を『拘束された自由』の空間へと向けた。舞台の首謀者は今、彼処で何を思い、何を感じているのだろうか。
主演女優の死。そこに一体、何を。