第六章 正義の定義

 小さい頃から正義感が人一倍強い事は、彼はよく(自分でも)自覚しているつもりだった。悪は許せない。人を傷つけるものは皆裁かれるべきなんだ。今の世の中、平気で『凶器』を他者に向ける者が後を絶たない。言葉、態度、処遇。あらゆる形態の暴力がはびこっている世の中だ。あまりにも殺伐としている。
その中で、俺は自分の正義を貫くことが、自分に課せられた使命だと思っている。正義の定義などバカバカしい。皆が己の正義に則って生きるから齟齬が生じるのだ。その隙間を互いに埋めていくことが、人間に与えられた一つの使命だろう。
「俺は正義だ」
その名のもとに振りかざされる、歪んだ天啓の言葉。
『君は、選ばれたんですよ』
葉山は突然立ち上がると、大竹に掴みかかり、音を立てて壁に大竹の体を打ちつけた。
「葉山っ……!?」
覆いかぶさるようにして、目を爛々とさせた葉山は大竹に肉薄し、その吐息とともに昂った感情を吐き出す。
「俺の正義は、何処にある? なぁ、何処にあると思う?」
「葉山。罪が重くなるぞ」
「世界の何処にもない。俺の認識しうる世界にだけ存在する。それは茶番か? 妄想か? 違う!」
葉山の、大竹の襟元を絞める手に力が一層入る。
「俺はあいつを殺した。殺してしまった。だがそれが何だ? 正義は俺にある。あいつは狂った殺人鬼だった! それを俺が駆逐した。それの、何が、悪い!!」
大竹は息苦しくとも冷静に、彼の叫びに応えようとした。
「自分がそれで正しいと思うなら、なんでそんなにお前は今、苦しんでいるんだ」
「……!」
「本当は、罪の意識があるんだろう。正義がどうのこうの言う前に」
「違う……」
「とりあえず放せ。話はそれからだ」
「君は僕らの正義に反している……」
「だからその僕『ら』ってのは、誰なんだよ」
葉山は空洞のような虚ろな目を剥き、こう断言した。
「『見えざる影』だよ」