朝と蠅

そんな優しい旋律で私に構うのはやめてください。お願いだから独りにさせてください。冷めきったこの胸に温かい手など差し伸べないでください。

期待してしまうから。性懲りもなくまた信じてしまいそうだから。

そんな甘いお菓子で私の機嫌を窺うのはやめてください。

お願いだからやめて……。

……——

金属の破裂する音で目が覚めた。

光を嫌ってわざわざ籠った箱庭を侵す一匹の蠅がいた。脳天の周囲をブンブン回っている。

鬱陶しい、ああ喧しい、疎ましいったらない。

インタールードのような人生の半分が過ぎたことを報せたのだろうか。私はのそのそとベッドから起き上がり、カーテンの隙間から差し込む陽光を睨んだ。

錆びたオルゴールが軋みながらムーンリバーを奏でる朝。

(太陽が希望を連れてくるという嘘をついたのは誰だ。光に希望が宿ると人を盲信させたのは誰だ。ホラ見てみろ、外には笑顔の魚がウヨウヨ泳いでやがる。)

光の呪縛から逃れられ得ているのは実は頭の上の、コイツだけかもしれない。蠅に悩みは無さそうだから。
しかも食うには困らないだろう。箱庭にすら腐った光がとっぷりと沈んでいるから、その饐えた香りに惹かれてはブンブンと飛ぶ姿に、私はすっかり魅せられているのだ。

歌を唄えば責められて、詩を詠めば笑われて、助けを求めれば無視されて、叫びを上げれば放置されて、復讐すれば裁かれる。それが外での正しい仕組みらしい。

(きぼう しんらい しんじつ ぴあす
何処に売っていますか? いくらで買えますか?)

(なみだ ためいき あどけないがんきゅう
何処で失くしたのですか? 誰に奪われたのですか?)

そんなことをダラダラと考えていたら、蠅が半分灰になって床に転がっていた。

外では季節を勘違いした蝉が一匹きりで鳴いている。
私も真似して泣いてみる。

誰も知らない、朝の出来事。

追伸
私という名の醜い空間図形が、空気と世界の一部を侵して存在していること、本当に御免なさい。