ピンク

たぶん、と前置きしてきみはいう。

桜が満開になったら、綻びは繰り返すと思うんだよ、なんて。

近所のかりんの花が咲き始めて、若葉の隙間から鮮やかなピンクを覗かせているけれど、私はあの色があまり得意じゃないの。

それはよかった、と、きみは私にタトゥーを入れるみたいに言葉で覚悟を迫る。無邪気に、どこか嬉しそうに。

桜が開花したっていうじゃない、標本木を気象庁のひとがじっと睨んで判定したんだよね。テレビクルーもたくさん来てたみたい。もしも私が標本木だったら、恥ずかしくてとても開花なんてできないな。

きみは空っぽになったドーナツの箱の中に、紙ナフキンやお手拭き、口を拭いたティッシュの丸めたのを詰め込んでいく。

桜風味の新作ドーナツは、いまいち私の口には合わなかった。食品と呼ぶにはどぎついピンク色を頬張ると、人工的な桜の香りがした。人が造った桜、はもれなく、根元に埋まる死体を想起させる。

やめなよ、と私がいっても、きみは気にしない。それどころか、どこか使命感すら漂わせて、使用済みの紙類を、丸めたり折りたたんだりして箱に詰めていく。箱は奇妙な膨らみを帯び、ぱんぱんになってしまった。

きみはこちらを見て、嬉しそうに私の唇を指さした。

ピンクを、食べたね。

ああ嫌だ、嫌になる。私が食べたピンクは、極めて甘ったるくファジーな正気との境界線だった。きみの宣告は今さらすぎる慫慂。

かりんのピンクは若葉を退けてこれから咲き誇ることだろう。あられもない勢いで、我が物顔で、スポットライトの下の大女優みたいに。そんなことより、桜が満開になれば、綻びは繰り返すんだね、きみが予言した通り。

きみが満開の桜の下また綻んでいくのを、私はピンクを食みながら見守るしかできない。それをわかっていて、目の前のきみは、穏やかに笑っている。

不恰好な箱を指で弾くと、ころんと転がってテーブルから落下してしまった。口の中に居残る桜の香りを誤魔化したくて、私は深呼吸をした。

それから箱を拾おうとしてきみの足元を見ると、そこにはかりんの、桜の、唇の裏の、ありとあらゆる類のピンクがびたんびたんと波打っていて、私は息を飲まざるを得なかった。きみが笑っている理由が、なんとなくわかった。