ド〜ナツ

覗き込まれると、なんというか、困る。照れるとか恥ずかしいとかではなく、困る。

それをわかっていて、きみは僕の瞳を——正確には虹彩を覗き込んでくる。覗き込んではきれいだね、と嬉しそうに笑う。

右の虹彩は青、左は金色。オッドアイと呼ばれる僕の瞳を、きみはいたく気に入っているようだ。

「始まりの青と、果ての金色」

きみはうっとりと言う。

「円環を司る瞳。きれい……

没入中に申し訳ないが、僕はおなかが空いている。空腹は機嫌を傾かせる威力が半端なく強い。僕は顔を背けて、この神殿と呼ばれるだだっ広い建物から食べ物を探そうと歩き出した。

きみは僕のあとを追いかけてくる。しかし僕のほうが軽やかに歩を進めることができるので、きみはなかなか追いつけない。

ふと背後の足音が消えたので、僕はおや、と振り向いた。すると、きみが神殿の冷たい床に倒れているではないか。

……かまってちゃん。

僕がため息をつくことはない。ただ、本当に困ったやつだなとは思う。僕がそろりと近づくと、案の定きみはがばっと起き上がって、「捕まえたー」と僕を抱き上げた。

「お腹すいてるの? ドーナツあるよ」

そう言って、きみは視線を神殿の供物にやった。この頃は供物もなかなか洒落ていて、この時期なら以前は柿や葡萄が定番だったが、そこにマリトッツォやミルフィーユなどが並ぶようになった。神殿に届く願いごとも「家内安全」「商売繁盛」だけではなく、「円周率が終わりますように」(ちょっと無理)、「元カレと復縁してもいいけど」(なぜ上から)、「ビャンビャン麺の『ビャン』が漢字で書けるようになりますように」(頑張れ)など多岐に渡るようになった。

その供物のなかでも、きみのお気に入りはミ◯ドのドーナツだ。オールドファッションには間違いがない、とのこと。きみはそれを手に取ると、二つに割って片割れを僕に差し出した。

「ほら、半分こ」

僕が一口食べると、きみも一口食べる。僕が気まぐれにあくびをすると、きみも大きくあくびをする。

人々の願いを聞き届け、その行方を見守るだけの、長閑な——あるいは退屈な時間をきみはずっと過ごしてきた。そのことを知るのは、この世界を創った僕だけ。

「きれい」

ほら、またそうやって覗き込んでくる。僕は人間が苦笑するみたいに

「みゃお」

と鳴いた。