暖炉の炎

時に紅く、時にほの白く、また時に蒼く。ゆらゆらと揺らめく炎が絶えないよう、薪をくべ続けるのが僕に与えられた唯一の使命だ。

炎は物言わない。けれど、かしましい人間よりよほど思慮深いと感じる。地の果てと名付けられた場所で、僕はこの暖炉と永い時を過ごしている。

かつて大航海時代と呼ばれたころ、幾人かの旅人がここを訪れたことがあった。歴史に名を遺した彼らだったが、この地の果てのことは決して口外しなかった。いや、できなかった。この炎に魅入られた者は、ここでの記憶を燃やされてしまうからだ。

つまり、僕は毎日記憶を失いながら生きている。朝目覚めると、前の晩に用意しておいたらしい日記帳が目に入る。自分が誰なのかを自問する前に、そのページを開く。するとそこには、その日一日何をすべきかが、僕の筆跡で書いてある。


暖炉を見よ。すぐに薪をくべること。炎がよいと応えたら、庭に薪を割りに行くこと。


暖炉を見よ。適宜薪をくべること。ここにある書物はどれを読んでも構わないが、暖炉のそばで読書すること。


暖炉を見よ。薪を調整してくべること。炎がよいと応えたら、この日記帳をベッドの脇に置いてから眠ること。

決して炎を絶やしてはならない。僕の唯一の使命なのだから。

決して追記されない日記帳より

いつから、なんのために、僕がここで暖炉の炎を守りながら暮らしているのかは、僕にもわからない。炎に記憶を燃やされてしまったから。しかし、今日読んだ記録帖によれば、旅人たちは口々に言ったという――神はいたのだ、と。

彼らが「神」と呼んだのは、果たして炎のことだったに違いない。

外の世界ではインターネット技術が発達し、もうわからないことなどないほどに、人間たちの知識欲は膨張し、支配欲は一種の正義として膾炙されてしまったそうだ。しかしながら、どんな文明の利器をもってしても、この地の果ての存在が暴かれることはない。

なぜなら――

暖炉の炎

……なんの話だったっけ。

そうだ、薪を割りにいかなくては。