エピローグ きみが生きているから

東京都の刑法犯認知件数は全国トップクラスである。件数こそ減少傾向にあるものの、一事件あたりの悪質性は増しているといって差し支えない。 この日も捜査一課の若き刑事、葉山と竹中、そして高田は残業をしていた。クリスマスイブの一…

第十章 純愛とか笑わせんな

竹中に引きずられるようにして、葉山は遺体安置室へと姿を現した。雨に降られたことを差し引いても、心身ともにぼろぼろといった表現が相応しい風体だ。 白い布のかけられたベッドが一台、中央に置かれている。そばでは、座ってうつむい…

第九章 選択と決断

雨足が徐々に弱くなって、傘がなくてもしのげる程度になった。通りを一本表に出れば、濡れそぼったイルミネーションが弱々しく点灯しており、デジタルアレンジされたインストゥルメンタルのクリスマスソングもよく聞こえることだろう。 …

第八章 ご予定は、殺人ですか?

「クリスマスイブのご予定は、殺人ですか?」 単刀直入な若宮の質問に、葉山は持っていたマグカップを落としそうになった。 「な、何を言い出すのかと思えば、人聞きの悪いこと言わないでよ」 「それとも、私とデートしませんか」 若…

第七章 夢の機械

デートの待ち合わせと呼ぶには、微妙な場所を選んだものだ。JR青梅線東中神駅。きらびやかとはとても言えないし、どちらかというと閑静な住宅街である。 中央線で立川まで行って、乗り換えてさらに西へ向かったので、移動だけでもひど…

第六章 純愛

若宮香織のマイペース並びにハイペースぶりは折り紙付きだ。葉山が顔を真っ赤にしているのは果たして酒のせいだけだろうか。 その目の前では竹中と美乃梨が、見ていないふりを貫いて談笑している。白々しい。 葉山は2回、大きく深呼吸…

第五章 らしさ

葉山はおそらく、あのUSBメモリのパスワード解除に成功したのだろう。あの日以来、捜査会議の途中で上の空になることも、もちろん途中で抜け出してトイレにこもることもない。むしろ以前よりはつらつと仕事にまい進しているように見え…

第四章 まさか

USBメモリを自分のノートパソコンに挿入する瞬間、微かな罪悪感を覚えた。しかし、それ以上の高揚感が僕の手を止めさせなかった。 保護ファイル パスワードを入力してください とだけ表示されたダイアログボックスに、僕は最初にk…

第三章 予感

トイレの一件以降、葉山はどこか覇気がないように感じられた。なんとなく頬杖をついたり、せっかくお茶を淹れても飲まずに放置したり、そんな時間が増えたのだ。 「香織、ちょっといい?」 給湯室で茶葉を捨てていた私に、美乃梨が話し…

第二章 そっちじゃない

美乃梨はなんというか、確信犯だ。いつもボディーラインがはっきりするようなスーツ姿で、特に胸元なんかはボタンが可哀想なくらいにボリューム感があるし、きっと肩こりが大変なんじゃないかと余計な心配までしてしまう。 さながら痴漢…