リンゴはいりません

白馬の王子さまがなかなか出張から帰ってこないので不機嫌な白雪姫は、日経新聞を広げながら留守番をしていました。
そこへ戸を叩く音がしたので、期待を込めて開けてみれば、リンゴのたくさん入ったカゴを携えた老婆がヨボヨボと立っていたのです。当然、白雪姫のご機嫌の角度は鋭角になってしまいます。

「どちらさま?」
「リンゴはいらんかえ」
「いらんわ」
「青森県産の高級スターキングデリシャスはいらんかえ」
「いらんっつーの」
「あっ、お腹いたっ、いてて」
「足おさえてるじゃないの」
「食べてよ食べてよー」
「あのねーお婆さん、悪いけどウチ、勧誘とかそういうの一切お断りなの。帰って、ね」
「そう言わず……」
「くどい!」
「食べてくれなきゃ、ここで自爆します」
「何言ってんの⁈」
「5、4、3、2……キェェェイ‼︎」
「ちょっと、近所迷惑だから! わかったわよ、一個だけよ?」
「600円+税になります」
「金取んのかよ!」
「648円です」
「ちっ、千円でおつりちょうだい」
「252円のお返しです」
「釣り銭詐欺るなよ!」
「ちっ」
「それはこっちのセリフだ」
「じゃ、ちゃんと食べてね!」
「ふん、さぞかし美味しいんでしょうね……」
「……」
「……。不思議な味だけどこれがきっと青森県産の高級スターキングデリシャス本来の持ち味なんだわ……ってコラ!」
「え?」
「『え』、じゃないよ『え』じゃ! 何この味⁈ 毒でも入ってんじゃないの?」
「バレたかー」
「あっさり白状しすぎだわ!」
「ねー奥さん、なんで旦那が帰ってこないのか、自分のヒステリックぶりを俯瞰したらどうかね?」
「余計なお世話、つーか誰のせいで叫んでると思ってんの⁈」
「近所迷惑ですよ」
「あーもー! 帰って!」
「あ、ラインだ」
「スマホいじるな!」
「怖ーい。おばあちゃん泣いちゃうー」
「だあぁっ! あのね、怖いってのはね、こういうのを言うのよーからのー」
「からの?」
「パイルドライバー!」
「ぎゃああっ」

そう、王子様はこの技を恐れて実家に帰っていたのでした。