最終章 月

仕事帰り、僕はいつものように駅前のピアノを見に行った。そして、先客がいないのを確かめると、ぎこちない手つきで初めてピアノに触れた。鍵盤は、想像以上に重たかった。僕は何度も「ド」と思しき音を右手の人差し…

第十三章 警笛

すべてなんて、許されなくていい。ただ、ほんのひとしずく、認め合えるものがあれば、それだけで人は生きていけるのだ。時に過ちを犯しながら、傷つきながら、ボロボロになりながらだって、人は前に進める。前を向け…

第十二章 共犯

すべてを話し終えた隼人は、深呼吸するとそのまま黙ってしまった。僕もまた、言葉を失っていた。マンデリンもホットミルクも、すっかり冷めてしまっていた。 そういうことだったのだ。ランパトカナルは、彼と失われ…

第十章 名前

対象から自分の一部へ。それはなんとも哲学的な体験だった。僕の中に棲みついていた孤独や傷が、まるごと肯定されていく感覚すらあった。こういうのを、もしかしたら人はぬくもりだとか呼ぶのだろうか。 悲しみが両…

第九章 脱獄

自分の人生にこれ以上、後悔は積み重ねてはならないという強い想いだけが、僕を突き動かしていた。このことを犯罪だとか、自己満足だとか、職権濫用だとか、いくらでも悪く言うことはできるけれど。 彼は不思議そう…

第五章 告白

冷や汗で目が覚めた。目の前には、パソコンのモニターとファイルの山。それから小ぶりの置時計が時を刻んでいた。時刻にして午前三時半。 (なんだ……) なんという夢を見たのだろう。若干、動悸が早くなっている…

第二章 要求

僕の所属する病棟では毎日のようにケースカンファレンスと呼ばれる、検討会議が開かれる。ここは開放病棟ではあるが、看護師たちは患者たちの管理と監視に余念がない。 「113号室の船堀さん、昨夜も不眠で、頓服…