PHRASE 1 冬の朝
工藤征二は中学時代から陸上を始め、以来ずっと中距離ランナーだった。中距離は、短距離の瞬発力と長距離の持久力が必要とされるハードな種目である。征二は決して運動神経のよい方ではなかったが、父譲りの努力家の血が彼の才能を伸ばし…
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工藤征二は中学時代から陸上を始め、以来ずっと中距離ランナーだった。中距離は、短距離の瞬発力と長距離の持久力が必要とされるハードな種目である。征二は決して運動神経のよい方ではなかったが、父譲りの努力家の血が彼の才能を伸ばし…
ユイはいてもたってもいられなくなり、傘を2本持って外へ出た。征二を迎えに行こう。どこに行ったかはわからない。が、じっとしていると先ほどの恐怖――そう、恐怖だ。恋人に植え付けられた恐怖心が暴れ出して、征二への気持ちにヒビが…
人は彼の見る世界を否定する。世の理に適っていない、と糾弾する。彼女もまた同じで、彼女は彼女自身の見る世界に適う「彼」を夢見ていた。それ故に、「神」という偶像を理由として彼女は自分を包む『一つの愛情』を否定した。 世の中の…
それは付き合い始めて一ヶ月もした頃だっただろうか。初めて二人が結ばれた夜、手を差し伸べてきたのはユイの方からだった。 少しつりあがった目を潤ませて、羞恥心から顔を俯かせ、いつも別の布団に寝ていたユイが、午前…
三人はしばらく無言で小さなテーブルを囲んでいた。よく、二人でご飯を食べたテーブル。玄関側に征二、窓側にユイが座ると知らない間に決まっていた。そして今もその通りに二人は座っているのだが、二人の間に割り入るように俊一が座って…
ここ最近では珍しく快晴という言葉がピッタリな日、高橋美和は日勤のために6時に起床し、出勤の準備をした。朝食はいつも適当に済ませている。夕飯の残りをつまんだり、出勤がてらコンビニに寄ったり。今日は時間があるので、冷蔵庫を覗…
俊一は征二にすがりつくユイに憐れみの視線を送ると、ため息をついて携帯電話の電源を切った。ユイは征二の手を握った。すると、弱々しくではあるが握り返す反応があった。ユイはハッとしたが、それは反射神経に過ぎなかった。しばらく時…
「あ、ああ――……」 彼の意識が揺らぐ。認識する現実が、彼を嘲りだす。 世界に刃を向けられ、彼は、日常から堕ちる。 どこかの世界の密やかな妄想 ただ、そこに居るものが、在るものが、彼にとっての揺るぎない真実。たとえそれが…
別れてくれ。その言葉がユイの頭の中で何度もリフレインした。なんで私、すぐに「嫌です」って言えないんだろう。 今日の朝からあった出来事が走馬燈のように駆けめぐり、ユイは混乱した。 「今まで随分と迷惑をかけたことだろう。すま…
神様、ごめんなさい。私は愛する人を拒絶しました。かの人は救いを求めていました。私を、心から愛してくれました。しかし、主よ、かの人はあなたを拒絶したのです。私を守るために自らが神になってしまったのです。その妄想は私の心を引…