第一話 ラナンキュラス

東京にも綺麗な星空が見える場所があってね。誰かにつけられた地名をそのまま使うのは野暮だから、僕は「星見ヶ丘」って呼んでる。 ちょっと厨二っぽいかな?  確かに、そうかもね。 もう一度、見せてあげたい、…

第二話 シュークリーム

「おかえりー」 佳恵がセンターに戻ると、北野が茶菓子を用意して待っていた。 「どうだった?」 ざっぱくな北野の問いに、しかし佳恵は「はー」とため息をつくばかりだ。 「ダメだったの?」 北野が畳み掛ける…

第四話 潜入

秋が一歩ずつ前進して、空気が澄み始める。この季節の風物詩といえば文化祭だ。駒春日病院も例外ではなく、『春日祭』なる催しが開かれることを知ったのは、最初は病院のロビーのポスターだった。 精神科病院が、文…

第六話 脱出

佳恵の中には、企みという名の衝動が渦巻いていた。それは、懐かしい日々を急速にたぐり寄せた時に発せられる「もや」のように彼女を包み始めた。 自分の目の前に、犬伏裕司がいる。もはや見間違いようがない、現実…

第七話 すただす

「そんな恰好じゃ、ちょっと困りますよね」 ふと、タクシーの中で佳恵が言った。 「え?」 『そんな恰好』とは、保護室処遇のためのスウェットのことだろう。先刻までそこにいたのだから無理もない。 「駅前にシ…

第八話 過去形

祐司の問いに、佳恵はまっすぐ彼の目を見ながらこう言った。 「自分にできることを、しなきゃって思っただけです」 「……どういう意味?」 「そのままの意味ですよ。私はもう、後悔したくないんです」 佳恵はフ…

第九話 忘れ物

壁掛け時計の秒針ばかりが進んでいるようにすら感じられた。北野は佳恵からの連絡を待っていたが、一向に鳴らない電話に若干の焦りを感じはじめていた。 「遅いね」 「遅いですねぇ」 真奈美はカフェラテを飲みな…

第十一五話 誘拐犯と脱獄犯

外はとうに日も暮れ、空は闇に包まれていた。センターの前からでも、星は確かに見えるが、佳恵が、いや裕司が求めるのはこんな程度の星空ではない。 あの日観た、降り注がんばかりの星々。 もう一度、一緒に見たか…

最終話 添え星

裕司の体を懸命に抱きしめる佳恵。彼女もまた、泣いていた。たぶん、いや絶対、一生かかっても沙織には敵わないのだろう。佳恵は、沙織の代わりにはなり得ない。 しかし、沙織にできないこと、つまり佳恵にしかでき…

第十一六話 天体観測

頭上に広がるのは、満天の星々。それらが降り注がんばかりに煌めいている。 「わぁ……」 先に声を出したのは佳恵だった。裕司は、半ば呆然と空を見上げている。 思い出す、ペルセウス座流星群をみんなで観た、あ…