第十四話 人を想う

午後六時を回ってから、相談対応を終えた真奈美が事務室に戻ってきた。 「あら、お客様?」 と言ってからすぐに、 「……じゃ、ないわね」 真奈美の感の鋭さは、臨床心理士であるからというよりも天性の才能だろう。つかつかと佳恵に…

第十三話 日記

裕司が見たのは、モノクロの光景だった。時間が止まって感じられた。空間が凍り付いて感じられた。いや、何も考えられなかった。 「ごめんなさいね……」 沙織の母親が頭を深く下げた。 目の前には、空白になったベッド。 すべてが、…

第十二話 色彩

想いが通じ合うということに起因する自己肯定感は、人生の中で味わう喜びの中でも最上級かもしれないとすら、裕司は感じていた。 毎日が色彩豊かな日々だった。 教室の白いカーテンは風に踊っていたし、彼女の制服の赤いリボンに触れた…

第十一話 彼女の告白

佳恵は怒られる、と身をかがめた。 「まぁ、でも……」 北野はテンションを戻して、けろりとした表情になった。 「いっか」 「いいんですか!?」 思わずつっこむ佳恵。 「え、だって、駒春日病院の患者さんってことでしょ。あそこ…

第十話 寄り添う

こころのケアセンター・・ラナンキュラスは、八王子駅から少し奥まったところにある、小さなカウンセリングルームだ。北野修介が十年ほど前に、病院から独立して起業した。 北野はいくつかの精神科病院についてその内情をよく知っている…

第五話 再会

我ながらなんという嘘をついているのだろう。佳恵が冷や汗をかいていると、恵は驚いた表情で、 「犬伏くんに妹さんがいたなんて……!」 と、感動すらしている。 「生き別れってことは、きっと色々あったのね」 「えっと……」 「い…

第三話 電話が鳴った

なまじお腹が痛いと言ってしまったため、その日の昼食はお粥にされてしまった。午後二時には既に空腹を感じてしまった裕司は、散歩ついでに売店に寄ることにした。外出時は、ナースステーションの前にあるノートに名前と用件、戻る時間を…