Last Case.ひととほし
その女性はその場でくるりと一回転して、葉山にふわりと微笑みかけた。 「苦しかったのね。いえ、今も苦しいのでしょう」 浩輔から解放された葉山は、涙を腕で拭い顔を上げた。 「それでいいのよ。苦しいのは、あなたが生きている証だ…
その女性はその場でくるりと一回転して、葉山にふわりと微笑みかけた。 「苦しかったのね。いえ、今も苦しいのでしょう」 浩輔から解放された葉山は、涙を腕で拭い顔を上げた。 「それでいいのよ。苦しいのは、あなたが生きている証だ…
「そんな玩具で俺を脅すつもりかい」 「玩具に見えますか」 「事務員の若宮さんには拳銃の携帯はできないはずだ」 「かもしれないですね。葉山さんこそ大丈夫ですか? 使用許可も出ていないのに」 刑事はいつも拳銃を携帯しているわ…
葉山と香織は、はたからみればカップルのように見えるかもしれない。香織がリードして、傘を並べて夜の散歩を楽しんでいるような。しかし、今から彼らが行おうとしていることは、およそデートからは程遠い。 人目につかない場所を選ぶ必…
葉山と来たのは、落ち着いた佇まいの素敵なレストラン、ではなく、よくある街中の中華屋だった。それでも葉山に誘ってもらえたことが嬉しくて、香織は浮足立っていた。 青椒肉絲とビールを頼み、ジョッキで「お疲れ様」と乾杯する。 「…
翌日、左手首に包帯を巻いた葉山が出勤したものだから、香織は瞠目した。 「どうしたんですか、それ」 香織はすぐに葉山のもとへ駆け寄った。 「なんでもない。ちょっとした怪我だから心配は無用だよ」 「『ちょっとした』には見えま…
星空のよく見えるベランダに出た葉山は、しんと冷えた夜の空気を吸い込んだ。 「いいとこに住んでるんだな」 夜空を支配する星々は、今にも降り注がんばかりにきらめいている。 「それは?」 葉山は興味深げに、隣の部屋の天体望遠鏡…
葉山は浩輔の手をするりとかわした。警視庁捜査一課の刑事ともなれば、素人に首元をつかまれたところで造作もないことである。 浩輔に掴まれて乱れた襟元を直そうとして、葉山は「ああ、汚れちゃうか」と手を止めた。 浩輔が睨みつけて…
娘の莉々が熱を出して以降、時おり隆史は浩輔ひとりに店を任せることがあった。どうやら莉々はあまり体が丈夫なほうではないらしい。隆史はパートナーと離婚しているので、普段は莉々を保育園に預けているが、熱を出してしまうとそうもい…
端的にいえば、ジェラシーである。確かに若さでは負けるが、自分だって毎日メイクを頑張っているし、最新のファッションだってしっかりチェックしている。なのに、想い人はさっぱり振り向いてくれない。それどころか、いかにあの子を手に…
翌朝、隆史が不在のため、いつもより早く開店準備をしようと浩輔は早めのダイヤの電車に乗った。自宅から店舗までは電車で2駅と近いが、たった2駅違うだけで、賃貸相場がかなり安くなることに加えて、星空がとてもよく見えるという利点…