第十四話 影

中野は驚いて、また内心焦ってもいた。彰のこんな姿を見られたら、きっと真弓は失望する。そして『アリスの栞』を辞めてしまう。そんなことを考えたからだ。 だから、至って平静を装って、中野は真弓に言った。 「真弓ちゃん。今日はど…

第十三話 存在確率

「彰、大丈夫か」 中野は彰を落ち着かせようと静かに声をかける。涼介は驚いて、「何か、あったのか?」と言うが、しかしなおも彰は取り乱して、いつもよりも低い声で、「春の日に、薄桃色の女が一人、此岸で照れた顔して鼠を屠る……」…

第十二話 チラシ

『アリスの栞』がある街にある地名、旭町と暁町。ここが朝焼けと夜明けをそれぞれ司っているという伝説は、細々とではあるが若い世代にも受け継がれている。 夜が明ける頃、ハルコは畏まった表情で、旭町のとある神社に参詣に来ていた。…

第十一話 パセリ

中野は、真弓に優しく語りかけた。 「真弓ちゃんさ」 「はい」 「恋、してるんだね」 「へっ!?」 意外な言葉に、真弓は首を横にぶんぶんと振る。追い討ちをかけるように、その横で腕組みをしていた彰が、 「典型的な恋煩いだな」…

第十話 義務

学生の本分は勉強だというが、授業を受けても、レポートを書いていても、あの日以来、真弓はどこかうわの空で過ごしていた。この日も昼休みに学食でラーメンを食べていたのだが、すっかり麺がのびてしまっている。 「大丈夫? 風邪でも…

第九話 落下

真弓は階段を駆け下りると、中野に向かってこう言った。 「bookmakerのCDとかって、ありますか」 中野は背を向けたまま、 「あるよ。少し高いところにあるから、脚立を使わなきゃだけど」 そう返答したので、真弓はバック…

第八話 軽率

「幽霊? なんの話かな」 そう言ったのは、他ならなぬ中野だ。真弓は「え?」と目をキョトンとさせた。 「あの、例のイケメンさんの件なんですけど……」 「まぁ、こんな古民家じゃ、幽霊の一人や二人、出てもおかしくないかもしれな…

第七話 ポスター

とある雨の夜、営業の終わったカフェの店内の薄明かりの中に、ぼぉっと彰が現れた。 「やぁ、こんばんは」 マグカップを磨きながら中野が挨拶する。だが、彰はそれに応えない。 「どういうつもりだよ」 「何が?」 彰は剣呑な表情で…

第六話 そういうこと

空腹で目が覚めた。朝食をロクに取っていなかったから無理もない。コーヒーのいい香りが真弓の鼻腔をつく。 「おはよう」 一階から様子を見に来た中野が声をかけた。 「あ、スミマセン、私、つい寝ちゃった」 慌てて立ち上がる真弓に…

第五話 素直

心底驚いた真弓であったが、彼女は元来、とても素直な性格だ。それを象徴しているのが、次のこの言葉である。 「あぁ、だからか……」 そう、真弓にはすぐ合点がいったらしいのだ。 「え、何が?」 ハルコが不思議そうに問う。 「こ…