第二十三話 刹那の灯(二)連鎖

復讐というものもまた、何も救われないという意味で、誰からも忘れ去られた古いフィルムのようである。カタカタと音を立ててからまわる、寂しさや虚しさを映して、やがてそっと沈黙するのだ。 赤く猛る炎が、優しい時間と白い空間を飲み…

第二十二話 刹那の灯(一)モザイク

美奈子が必死に走って廊下まで出ると、あおいが山積みの書類を携えて外来棟から歩いてくるのが見えた。あおいはひどく驚いて、書類ごと小さな体を跳ねさせた。 「あー、美奈子ちゃん! どこに行ってたの? 院長が心配してたよ」 「す…

第二十一話 慈愛の罠(七)刃

「忘れ物だ」 開口一番、若宮が木内にそう告げると隣で俯いていた少年がおもむろに顔を上げた。それを見た木内は、思わず息を飲んだ。 「きみは……」 若宮があきれた表情で木内を見やる。 「『中途半端』は、お前の嫌いな言葉じゃな…

第二十話 慈愛の罠(六)詩歌

美奈子は裕明の過去について何も知らない。知らないからこそ、わかることがある。それは、自分のことを「雪」と呼ぶ時の彼が、瞳に深い悲しみを湛えていることだ。 彼は美奈子に「雪」と呼びかけたのち、窓辺に腰掛けたまま一篇の詩をよ…

第十九話 慈愛の罠(五)許し

都心で耳にする蝉の声よりも、この奥多摩の森林から注ぐそれらは柔らかく美奈子の耳に沁み入った。アブラゼミ、ミンミンゼミにまじってこの頃ではクマゼミがこの辺りにまで生息域を拡げているらしい。独特のわら半紙を擦り合わせたような…

第十八話 慈愛の罠(四)風

それは確かに、二人にとっては優しい時間だった。不自由と抑圧を絵に描いたような場所ではあったが、それでも二人は、その空気に抗するごとく、不器用ながらも真剣に心を育てあった。 少女——雪は、ちらりと目が合うだけで、顔を赤らめ…

第十七話 慈愛の罠(三)願い

ひとしきり話を終えた裕明は、昂ぶった呼吸を整えるために、長くため息をついた。 「そういうことなんです」 力なく笑ってみせる裕明に対し、美奈子はあっけらかんと右手を、再度高く上げた。 「はーい、先生!」 裕明の過去を聞いて…

第十六話 慈愛の罠(二)邂逅

事件の一報を児童養護施設の職員から知らされた裕明はうつむいて、その職員に気づかれないよう、「やっぱり」とこぼした。宿直の男性職員は、裕明に深呼吸を勧めた。 「まず、落ち着くんだ。今回のことは、いずれ知ることになるから………

第十五話 慈愛の罠(一)人殺し

木内が美奈子を待合ロビーへ招き入れ、あおいがウォーターサーバーの水を汲んだ紙コップを手渡すと、美奈子はそれを一気飲みした。開口一番、「話をさせてください」という美奈子の鬼気迫る雰囲気に一瞬だけ圧倒されつつも、木内は首を少…

第十四話 過日の嘘(七)邪魔者

木内の口から「情報提供」として若宮に共有されたのは、高畑美奈子の家庭環境についてであった。 彼女の父親は大手の商社に勤めるサラリーマンであったが、長引く不況ゆえリストラの対象となり、マイホームのローンを抱えながらの転職活…