第三話 心臓の形(三)扉

高畑美奈子は「その日」も、自宅最寄りの中野駅からいつもと同じダイヤの下りの中央線に乗り、乗り換えの立川駅のエキナカにあるベーカリー「キィニョン」でお気に入りの焼きカレーパンをゲットし、足早に青梅線を目指していた。青梅線は…

第二話 心臓の形(二)口笛

彼は機械的な動きで銀のボウルの中の巨峰を一粒ずつ指でつまみ、隣に置かれた白い皿に移し替える。4秒間で一粒移すのが、だいたいの目安だ。呼吸をまったく乱すことなく、しかしどこか切迫した空気を醸し出しながら、「作業」は行われて…

第一話 心臓の形(一)遺言

……かつて愛した貴方へ。私には一切の恐れるものがなくなり、失うものを失い果てて、ついに自由から逃れなくなりました。すなわち、私が残滓であるということを、他でもない私自身が理解してしまい、この薄汚れた殻を破らざるを得なくな…

プロローグ 告白

その夜の南大沢警察署は、悪質な飲酒運転の取り締まり対応に追われたものの、取り立てて大きな事件も起こらずに一日の業務を終えようとしていた。加えてその年は長梅雨ということもあり、軽微な物損事故を起こす車も多発していた。 南大…

第十六話 うにーっ

コーヒーの香りがその場にいる皆の鼻腔をつく。中野はいつも通り静かな佇まいで、一杯一杯丁寧にコーヒーを淹れている。 「美味しいねぇ」 ハルコがホッコリして呟く。その隣で涼介が、 「やっぱマスターのコーヒーは一級品だわ」 と…

最終話 心の栞

ライブの出演順が近づくにつれ、真弓の緊張はマックスに達しようとしていた。明らかに顔がひきつっている真弓を見て、舞台袖でハルコが「大丈夫?」と声をかけるが、真弓は胸に手を合わせて微動だにしない。 涼介も不安になって、「おー…

第二十三話 二番目

「真弓、伝えたいことって?」 彰のストレートな問いに、真弓はまっすぐ彼を見た。 「私、彰さんが好きです。好きなんです」 「………」 「好きにならせてくれて、ありがとうございます」 「……え?」 この告白は、真弓にとって今…

第二十二話 りゅうこつ座

愛した人のことなら、誰よりも知っているつもりだった。ずっとずっと、「見守って」きたのだから。秋子が熱を出した時などには、心を痛めてそばに漂っていた。何もできない自分の無力さを呪った。 何度か、彼は悪霊になりかけたことがあ…

第二十一話 決意と願い

「真弓、真弓ってば」 授業が終わってもボーッと前を見つめている真弓に対し、香織は心配そうに声をかけた。 「大丈夫? ここんとこ、全然元気ないじゃん。バイト、疲れてんの?」 「いや……」 真弓は上の空で、 「どうしよう………

第二十話 花火

夏の終わりに、バンドメンバーで花火をしようという話になった。いい年をしたおじさん二人と成人済みの美容師が、現役女子大生よりはしゃいでいる。「打ち上げは最近、規制が厳しくてね。でも、これならいいでしょ。ホラ!」涼介が自慢げ…