最終話 夜明け
蒼斗の発した叫び声が滲ませる悲痛さに、朝香と晴也、それに夕実は胸を締め付けられ、息苦しさすら覚えた。 小夜は、残酷な現実を直視しなければならないことに気づき、膝から崩れそうになるのを懸命に堪えていた。扉を開こうと全体重を…
蒼斗の発した叫び声が滲ませる悲痛さに、朝香と晴也、それに夕実は胸を締め付けられ、息苦しさすら覚えた。 小夜は、残酷な現実を直視しなければならないことに気づき、膝から崩れそうになるのを懸命に堪えていた。扉を開こうと全体重を…
蒼斗の口調はどこまでも冷徹で、告白というよりどこか遠い国の出来事を報告するようだった。運転席の明がスン、と鼻を鳴らし、蒼斗の代わりに礼を述べた。 「まぁ、そういうことなんだ。みんな、聞いてくれてありがとうな」 沈みゆく太…
楓子の不在に、小夜は激しく動揺した。しかし、蒼斗のただならない様子に、それはすぐに押し潰された。 蒼斗は、沈んでいく太陽を射抜かんばかりに鋭く睨んだ。 「……西へ。すべてのことは、道中で話す」 M-07に「蒼斗」という名…
「二人」は「家庭」や「日常」といったごくありふれた生活の記憶を、一切持たなかった。確かに彼らは望まれて生を受けたが、それは「利用価値の高い成功体」だからに過ぎなかった。その証拠に、彼らには名前が与えられず、識別のためのコ…
SNSをはじめとして、インターネット上で世界中と繋がることが可能だった時代、なぜ多くの人が「孤独」に苛まれたのか。 晴也は思うのだ。孤独自体に毒性があるわけではない。恐らくその時代の人々は、孤独と付き合い、味わい、共に在…
その少女が姿を現すと、部屋の中は水を打ったように静まりかえった。待ちわびていた信者たちから一斉に畏怖と崇拝の視線を浴びせられても、少女は全く意に介さず最奥のソファにゆったりと体を横たえる。 少女はその白い肌を人目へ晒すこ…
山の天候はとても変化しやすい。天気予報になかった雨が降ることもしばしばだ。日没を迎えてラジオの放送が終わると、明は窓辺のランタンに火を灯した。 やがて蛾たちがふらふらと光に集まってくる。明はあごひげに触りながら口を大きく…
夕実発案の新作デザートは、夏みかんのジュレに上白糖ではなくはちみつで甘みを加えることで、ようやく納得のいく味に仕上がった。 「ジュレがさっぱりしてて、下のヨーグルトムースとのバランスも最高。夕実ちゃん、今年の夏はこれでい…
休日の午後、駅前で待ち合わせたきみと手を繋いで舗道を歩く。初夏の爽やかな風が、俺ときみを等しく撫でる。 身長差が大きいので俺が歩幅を合わせようとすると、きみはわざとそれをずらしてみせたりする。つんのめりそうになる俺が文句…
「凪」が起きる寸前の世界について、積極的に語ろうとする者は少ない。生命倫理のタガは外れ、法による統治は腐敗し、AIなどの技術の発展は多くの人に「思考すること」や「想像すること・創造すること」といった活動を放棄させた。 己…