第六章 詩集

例えば他の誰かに、自分を知ったような顔をされて何もかもを解剖されてしまったら、それを心地よいと感じる人などいるわけがない。そもそも、精神科医の仕事はそういうものではないと僕は考えている。 中にはあらゆる論理を用いて患者の…

第五章 告白

冷や汗で目が覚めた。目の前には、パソコンのモニターとファイルの山。それから小ぶりの置時計が時を刻んでいた。時刻にして午前三時半。 (なんだ……) なんという夢を見たのだろう。若干、動悸が早くなっている。僕は白衣のポケット…

第四章 悪夢

退屈な病棟の中では、しょっちゅう、しょうもない噂が流布される。彼が女性患者のノートを破った様子は瞬く間に広がり、「あいつはやっぱり危ない」という話がひそひそと聞かれるようになった。 別の日のカンファレンスでもそのことが話…

第三章 手紙

精神科医療の一環で、作業療法というものがある。革細工や塗り絵、編み物などの作業を通じて患者の精神心理機能の改善を目指す治療法のひとつだ。これを拒む患者は今まであまり見たことがなかったが、小川朱音という若い女性患者は、これ…

第二章 要求

僕の所属する病棟では毎日のようにケースカンファレンスと呼ばれる、検討会議が開かれる。ここは開放病棟ではあるが、看護師たちは患者たちの管理と監視に余念がない。 「113号室の船堀さん、昨夜も不眠で、頓服をもらいに来ました。…

第一章 邂逅 

僕が彼の姿を初めて見たのは、朝靄けむる病院の入り口の花壇の近くだった。当直明けで、深い眠りにつくことができなかった僕のぼんやりとした視界に、しかしそれは鮮やかに飛び込んできた。 黒のダウンジャケットにジーンズ姿の中肉中背…

プロローグ

僕が彼の姿を初めて見たのは、朝靄けむる病院の入り口の花壇の近くだった。当直明けで、深い眠りにつくことができなかった僕のぼんやりとした視界に、しかしそれは鮮やかに飛び込んできた。 黒のダウンジャケットにジーンズ姿の中肉中背…