第六章 詩集
例えば他の誰かに、自分を知ったような顔をされて何もかもを解剖されてしまったら、それを心地よいと感じる人などいるわけがない。そもそも、精神科医の仕事はそういうものではないと僕は考えている。 中にはあらゆる論理を用いて患者の…
例えば他の誰かに、自分を知ったような顔をされて何もかもを解剖されてしまったら、それを心地よいと感じる人などいるわけがない。そもそも、精神科医の仕事はそういうものではないと僕は考えている。 中にはあらゆる論理を用いて患者の…
冷や汗で目が覚めた。目の前には、パソコンのモニターとファイルの山。それから小ぶりの置時計が時を刻んでいた。時刻にして午前三時半。 (なんだ……) なんという夢を見たのだろう。若干、動悸が早くなっている。僕は白衣のポケット…
退屈な病棟の中では、しょっちゅう、しょうもない噂が流布される。彼が女性患者のノートを破った様子は瞬く間に広がり、「あいつはやっぱり危ない」という話がひそひそと聞かれるようになった。 別の日のカンファレンスでもそのことが話…
精神科医療の一環で、作業療法というものがある。革細工や塗り絵、編み物などの作業を通じて患者の精神心理機能の改善を目指す治療法のひとつだ。これを拒む患者は今まであまり見たことがなかったが、小川朱音という若い女性患者は、これ…
僕の所属する病棟では毎日のようにケースカンファレンスと呼ばれる、検討会議が開かれる。ここは開放病棟ではあるが、看護師たちは患者たちの管理と監視に余念がない。 「113号室の船堀さん、昨夜も不眠で、頓服をもらいに来ました。…
僕が彼の姿を初めて見たのは、朝靄けむる病院の入り口の花壇の近くだった。当直明けで、深い眠りにつくことができなかった僕のぼんやりとした視界に、しかしそれは鮮やかに飛び込んできた。 黒のダウンジャケットにジーンズ姿の中肉中背…
僕が彼の姿を初めて見たのは、朝靄けむる病院の入り口の花壇の近くだった。当直明けで、深い眠りにつくことができなかった僕のぼんやりとした視界に、しかしそれは鮮やかに飛び込んできた。 黒のダウンジャケットにジーンズ姿の中肉中背…
裕司の体を懸命に抱きしめる佳恵。彼女もまた、泣いていた。たぶん、いや絶対、一生かかっても沙織には敵わないのだろう。佳恵は、沙織の代わりにはなり得ない。 しかし、沙織にできないこと、つまり佳恵にしかできないことがある。それ…
頭上に広がるのは、満天の星々。それらが降り注がんばかりに煌めいている。 「わぁ……」 先に声を出したのは佳恵だった。裕司は、半ば呆然と空を見上げている。 思い出す、ペルセウス座流星群をみんなで観た、あの夜。 楽しかった、…
外はとうに日も暮れ、空は闇に包まれていた。センターの前からでも、星は確かに見えるが、佳恵が、いや裕司が求めるのはこんな程度の星空ではない。 あの日観た、降り注がんばかりの星々。 もう一度、一緒に見たかった――星見ヶ丘の、…