第四話 潜入

秋が一歩ずつ前進して、空気が澄み始める。この季節の風物詩といえば文化祭だ。駒春日病院も例外ではなく、『春日祭』なる催しが開かれることを知ったのは、最初は病院のロビーのポスターだった。 精神科病院が、文化祭。しかも、患者が…

第三話 電話が鳴った

なまじお腹が痛いと言ってしまったため、その日の昼食はお粥にされてしまった。午後二時には既に空腹を感じてしまった裕司は、散歩ついでに売店に寄ることにした。外出時は、ナースステーションの前にあるノートに名前と用件、戻る時間を…

第二話 シュークリーム

「おかえりー」 佳恵がセンターに戻ると、北野が茶菓子を用意して待っていた。 「どうだった?」 ざっぱくな北野の問いに、しかし佳恵は「はー」とため息をつくばかりだ。 「ダメだったの?」 北野が畳み掛けるも、佳恵は首を横に振…

第一話 ラナンキュラス

東京にも綺麗な星空が見える場所があってね。誰かにつけられた地名をそのまま使うのは野暮だから、僕は「星見ヶ丘」って呼んでる。 ちょっと厨二っぽいかな?  確かに、そうかもね。 もう一度、見せてあげたい、星見ヶ丘の夜空を。 …

Last Case.ひととほし

その女性はその場でくるりと一回転して、葉山にふわりと微笑みかけた。 「苦しかったのね。いえ、今も苦しいのでしょう」 浩輔から解放された葉山は、涙を腕で拭い顔を上げた。 「それでいいのよ。苦しいのは、あなたが生きている証だ…

Case13.歌声

「そんな玩具で俺を脅すつもりかい」 「玩具に見えますか」 「事務員の若宮さんには拳銃の携帯はできないはずだ」 「かもしれないですね。葉山さんこそ大丈夫ですか? 使用許可も出ていないのに」 刑事はいつも拳銃を携帯しているわ…

Case12.再開

葉山と香織は、はたからみればカップルのように見えるかもしれない。香織がリードして、傘を並べて夜の散歩を楽しんでいるような。しかし、今から彼らが行おうとしていることは、およそデートからは程遠い。 人目につかない場所を選ぶ必…

Case11.提案

葉山と来たのは、落ち着いた佇まいの素敵なレストラン、ではなく、よくある街中の中華屋だった。それでも葉山に誘ってもらえたことが嬉しくて、香織は浮足立っていた。 青椒肉絲とビールを頼み、ジョッキで「お疲れ様」と乾杯する。 「…

Case10.視線

翌日、左手首に包帯を巻いた葉山が出勤したものだから、香織は瞠目した。 「どうしたんですか、それ」 香織はすぐに葉山のもとへ駆け寄った。 「なんでもない。ちょっとした怪我だから心配は無用だよ」 「『ちょっとした』には見えま…

Case9.約束

星空のよく見えるベランダに出た葉山は、しんと冷えた夜の空気を吸い込んだ。 「いいとこに住んでるんだな」 夜空を支配する星々は、今にも降り注がんばかりにきらめいている。 「それは?」 葉山は興味深げに、隣の部屋の天体望遠鏡…