第七話 すただす
「そんな恰好じゃ、ちょっと困りますよね」 ふと、タクシーの中で佳恵が言った。 「え?」 『そんな恰好』とは、保護室処遇のためのスウェットのことだろう。先刻までそこにいたのだから無理もない。 「駅前にショッピングセンターが…
「そんな恰好じゃ、ちょっと困りますよね」 ふと、タクシーの中で佳恵が言った。 「え?」 『そんな恰好』とは、保護室処遇のためのスウェットのことだろう。先刻までそこにいたのだから無理もない。 「駅前にショッピングセンターが…
佳恵の中には、企みという名の衝動が渦巻いていた。それは、懐かしい日々を急速にたぐり寄せた時に発せられる「もや」のように彼女を包み始めた。 自分の目の前に、犬伏裕司がいる。もはや見間違いようがない、現実。これをここで今受け…
我ながらなんという嘘をついているのだろう。佳恵が冷や汗をかいていると、恵は驚いた表情で、 「犬伏くんに妹さんがいたなんて……!」 と、感動すらしている。 「生き別れってことは、きっと色々あったのね」 「えっと……」 「い…
秋が一歩ずつ前進して、空気が澄み始める。この季節の風物詩といえば文化祭だ。駒春日病院も例外ではなく、『春日祭』なる催しが開かれることを知ったのは、最初は病院のロビーのポスターだった。 精神科病院が、文化祭。しかも、患者が…
なまじお腹が痛いと言ってしまったため、その日の昼食はお粥にされてしまった。午後二時には既に空腹を感じてしまった裕司は、散歩ついでに売店に寄ることにした。外出時は、ナースステーションの前にあるノートに名前と用件、戻る時間を…
「おかえりー」 佳恵がセンターに戻ると、北野が茶菓子を用意して待っていた。 「どうだった?」 ざっぱくな北野の問いに、しかし佳恵は「はー」とため息をつくばかりだ。 「ダメだったの?」 北野が畳み掛けるも、佳恵は首を横に振…
東京にも綺麗な星空が見える場所があってね。誰かにつけられた地名をそのまま使うのは野暮だから、僕は「星見ヶ丘」って呼んでる。 ちょっと厨二っぽいかな? 確かに、そうかもね。 もう一度、見せてあげたい、星見ヶ丘の夜空を。 …