ぽんっ!

八岐大蛇ヤマタノオロチは、ほとほと困り果てていた。あれほど恋焦がれてようやく手中に収め、新月の夜に食らおうとしていたはずの櫛名田比売クシナダヒメが、なんと蛞蝓なめくじに、ある朝姿を変えていたのだ。 それが先に喰らった櫛名…

セイレーンの涙

私が歌えば、人々は皆、自ら滅びを選んだ。私の歌声は、人々を激しく惑わすのだ。 しかし、そのことを私が望んだわけではない。私はただ、歌うことを愛し、歌うことに喜びを感じていただけなのに。 私を捕らえるべきという魔女キルケの…

ウィル・オ・ウィスプ

己の呼吸と重たい衣擦れの音だけが、空間に響いている。もうどうれくらい此処にいるのだろう。周囲は、相も変わらず闇に支配されている。冷え切った床と壁は、あらゆる生命の営みを拒絶しているかのようだ。 私は罪を犯したとされた。家…

虹を見たから

錠剤をヒートからゆっくりと取り出す。左手に載るのは、ラムネ菓子より小さな一粒。 彼は今、窓のない狭い部屋にいる。家族も恋人も友人も、皆が彼の自認を拒絶した。すなわち、「僕は神である」と。 当然ながら、周囲の人々は異口同音…

花をちょうだい

花をちょうだい。貴方のかびろき胸に宿る、潮風に揺れる一輪を私に。 その昔、ここに人々が暮らしていたことを知る者は、もう私しかいないだろう。なぜ自分だけが取り残されたのか、そのわけを、私は今日も探している。 かつての有史の…

ルビーの涙

この国では何もかもが灰色だ。生まれたときからそうだったのだから、そこに疑問を挟む余地などなかった。それが当たり前すぎて、思考の俎上に載せられることさえなかった。 だから、僕はその旅人を見つけたとき、すぐに異国の者だとわか…

宇宙のひみつ

朽ちた枝のように見えるこれは、実は魔法の杖なのだ。そのことを知っているのは、私と黒猫のルルルだけ。 一週間前、私は公園でその杖を見つけた。ベンチの隅に無防備に置かれていたのだ。大発見だった。だから嬉しくて、私はルルルと駆…

ほどける

窓辺には金木犀の香りまたきみがほどけるきっかけを生む 人の記憶は、匂いと強く繋がっているという。ウェブ記事で読みかじっただけの知識だから、深い理由や正確な仕組みはわからない。けれど、いま私のとなりにいる彼を見れば、そのこ…

ピカピカ

ユニコーンを父に、ペガサスを母に持つアレクには、しかし角も翼も授けられなかった。兄弟たちはアレクを憐れみ、また疎んじた。しかし、父と母だけはアレクに惜しみない愛情を注いだ。そのおかげで、アレクはのびのびと育つことができた…

神さまの処方箋

風邪をひいてしまった。思い当たるのは、薄着にベッドで、ひたすら泣き明かしたことだ。 失恋の前に「大」がつくレベルのダメージだった。もう恋なんて二度とするもんか、と強がれば強がるほど、傷は深くなるようだった。 ぼーっとした…