薔薇と5と永遠と
僕は今日も一人、キャンバスに向かって絵筆を走らせている。町はずれのおんぼろなアトリエには、むんとした絵の具のにおいが立ちこめている。僕の目の前には薔薇が一輪挿しに入って置かれていて、僕はそれを描いているのだ。 薔薇を描く…
僕は今日も一人、キャンバスに向かって絵筆を走らせている。町はずれのおんぼろなアトリエには、むんとした絵の具のにおいが立ちこめている。僕の目の前には薔薇が一輪挿しに入って置かれていて、僕はそれを描いているのだ。 薔薇を描く…
どこにでもいる兄弟だと思っていた。年の離れた兄は少し引っ込み思案だが、とても優しく穏やかな、ごく普通の青年だと思っていた。 春の足音が聞こえてきたとある日のこと、一通の手紙が届いた。僕が不自然に感じたのは、龍を象った切手…
ベテランパイロット、マイケル・スペンサー(仮名)の証言 「確かに俺は見たんだ。あいつがあぐらをかいて、大あくびしていたのを!」 ぼくには大好きなおばちゃんがいる。でもおばちゃんって呼ぶと怒るからおねえちゃんって呼んでる。…
時に紅く、時にほの白く、また時に蒼く。ゆらゆらと揺らめく炎が絶えないよう、薪をくべ続けるのが僕に与えられた唯一の使命だ。 炎は物言わない。けれど、かしましい人間よりよほど思慮深いと感じる。地の果てと名付けられた場所で、僕…
覗き込まれると、なんというか、困る。照れるとか恥ずかしいとかではなく、困る。 それをわかっていて、きみは僕の瞳を——正確には虹彩を覗き込んでくる。覗き込んではきれいだね、と嬉しそうに笑う。 右の虹彩は青、左は金色。オッド…
お前がもうこれ以上傷つかないよう、石英硝子でできた籠にお前を閉じ込めてから、どれくらいの時間が経っただろう。 朝が来るたびに、お前はその白い羽を震わせてリーンと鳴く。どんな天使の歌声よりも美しく響くそれは、私を眠りから覚…
テーブルの上にレモンがひとつ。壁に掛けられた時計は、正午を少し過ぎたあたりを指していた。 大事な話がある、と言われたのはいいが、もう何分も沈黙がこの部屋の支配をしている。 ふと、白い鉢が目についた。 「なんていうの」 私…
窓の外では蝉の大合唱だ。クーラーのよく効いた部屋で、彼は木製の椅子に身を預けていた。読みかけの文庫本には、クローバーをあしらった栞が挟まれている。 梅雨明けをあれほど待ちわびたのに、いざ夏がやってくると、暑さも湿気も非常…
久々に会う彼とこじゃれたカフェでディナーをするために、日もとっぷりと暮れた街を新しいスカートを履いて歩いていた。 遮断機のバーが降りはじめて、しかし私は走ることをしなかった。ワイヤレスイヤホンの右側が耳から落ちてしまいそ…
しとしとと雨の降る夕まぐれには、決まって彼のことを思い出す。彼はこういう日にこの喫茶店に来ると、いちばん窓際の席に座って、ずっと外を見ていた。雨だれがガラスに打ちつけるのを寂しげに、しかしどこか楽しそうに眺めていた。 彼…