つづれ織り
今どき、パソコンはおろかスマートフォンも携帯電話も持ち込み禁止の病棟に、私の大切な人が入院している。 彼がいるのは精神科の閉鎖病棟だ。通信機器の禁止は外部の刺激を遮断するためという理由らしいが、本当は病棟の内情を隠したい…
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今どき、パソコンはおろかスマートフォンも携帯電話も持ち込み禁止の病棟に、私の大切な人が入院している。 彼がいるのは精神科の閉鎖病棟だ。通信機器の禁止は外部の刺激を遮断するためという理由らしいが、本当は病棟の内情を隠したい…
「人魚はね、金魚を食べた人間の成れの果てなんだ。くちゃりと音を立てて食べられた金魚の恨みが、人間を人魚へと料理していく。だから、金魚は食べちゃダメだよ」 その話を祖母から聞いた調律師は、どうしてもその「くちゃり」が聞きた…
君は人間が全て同じ顔、同じ表情に見えると言っていたね。他者の喜怒哀楽、そのどれにも興味がないと。 例えばそのことに私が心を痛めていたとしても、君は平気で微笑むんだろう。 「それは、つらかったね」 などと、優しい言葉を巧み…
悠太の告白に対して、仕事から帰ってきた兄はネクタイを外しながら、少し考える素振りをしたかと思いきや 「そうだ、温泉に行こう」 と言った。 日本人は昔から、温泉で傷や病を癒してきたのだと。しかしながら、悠太の病気にも湯治は…
白馬の王子さまがなかなか出張から帰ってこないので不機嫌な白雪姫は、日経新聞を広げながら留守番をしていました。 そこへ戸を叩く音がしたので、期待を込めて開けてみれば、リンゴのたくさん入ったカゴを携えた老婆がヨボヨボと立って…
ガラスのショーケースに丁寧に並べられた綺麗事を、隅から隅まで余すところなくクーベルチュールチョコレートで汚しました。甘ったるいことは今どき、断罪の対象ですか。 (せめて夢くらい見させておやりよ)と三毛猫はあきれ顔です。本…
ワイパーがせわしなく動いている。打ちつける雨は容赦という言葉を知らない。フロントガラスを襲う水滴は、ハンドルを握る隆弘の気分を苛立たせるのに十分だった。 あの日も、こんな空だったら。そんなことを考えてしまうのだ。 青…
カーテンでのみ仕切られた部屋で、ある晩、僕に新しいお友達ができた。 彼はもじゃもじゃの金髪に赤い鼻、派手な水玉模様のサロペットに虹色のチョッキを着ていた。終始、楽しそうに笑顔を浮かべていた。 名前を知らないので、仮に「暗…
隣の部屋から、パチンパチンと爪切りの音が聞こえる。今の私にはそれすら疎ましく感じられた。毛布を体に巻きつけて、ふてくされて横になって、私は長いため息をついた。 喧嘩した。ことの発端は情けないほど些細なことで、犬どころか…
五時半に渋谷で、と彼からラインが届いた。金曜日の夜の渋谷なんて、人混みがすごくてうるさいに決まっている。気が重かったが、断るわけにもいかなかった。彼から借りた傘を、今日こそ返さなければならなかったのだ。 黒のコウモリ傘…