短編小説

いちいち心にひっかかる、気にはなるけど解けない謎ならいっそ、丸呑みにしてしまおうか。

あなたのお時間、いただきます。

レイナちゃん

午後9時の消灯から9時間はベッドから起き上がることができない。睡眠の確保のために、就寝前にはしこたま睡眠薬を飲まされるから。錠剤だけで腹が膨れそうな量を、ぬるい水で流し込むのだ。そのあと、「おやすみなさい」といっても夜勤の看護師は挨拶を返す…

エビフライ

エビフライを揚げていたら、油が跳ねて目に入りそうになった。麻衣子は慌てて洗面所に駆けて、夢中で顔を洗った。というか水で乱暴に何度も拭った。やだ、どうしよう、跡がついたらやだ。顔にシミなんて、まだ勘弁だ。台所から鈍い音と焦げ臭い香りがして、麻…

置き去りバレンタイン

まぶたを開くのが妙に重たい。固いベッドのせいだ。脳みそに機械でも埋め込まれているんじゃないかと思うくらい、毎朝ほぼピッタリ午前5時半に目が覚める。もうずっとそうだ。喉が異様に乾いていたので、亜樹はプラスチックのカップを持ってベッドを降りた。…

物語のはじめかた

シンデレラや白雪姫……「お姫様」は、女子の永遠の偶像だ。幼いころ、毎日寝る前に母親に童話を読んでもらっているうちに、比奈子はすっかり絵本に出てくるお姫様に憧れを抱くようになっていた。比奈子が絵本など読まなくなった高校二年生の冬も、絵を描くの…

逝 夏

「まるでショパンに対する冒涜よ。そんな弾き方ってないわ」僕の『幻想即興曲』を水玉はそう評した。「そうかな」僕はこみあげる感情と一緒に指先でG#を抑える。反論するわけではないのだが、僕にだってプライドの一片はあるから、つい声が上ずってしまうの…

虫歯の国のアリス

やせ我慢を決め込んでいたけど、日増しに高まっていく歯の痛みに、芦花ありす(16歳、花の女子高生)は嫌々ながらついにその日、歯科医院のドアを叩いた。『ハートデンタルクリニック』という、街はずれにある小さなクリニックである。外観はまるで洋館で、…