夫が海外に久々の出張へ出かけたので、ここ数日は実家から職場に通った。なんと、実家からのほうが自宅からより職場に近いという不可思議な環境で暮らしているので、ここ数日の通勤はとても楽だった。
今日、夫は帰ってくる。なので私も今日自宅へと退勤することになったのだが、朝、家を出る時、母が一言こう言った。
「いってらっしゃい」。
なぜか、胸がちくりと痛んだ。返せる「ただいま」を私はもう持っていない。そんな気がしたからだ。「うん」とだけ返した。
けれど、言わせてほしい。あなたたちに向けて、「ただいま」を。たとえ帰る場所が違っても、私はずっとあなたたちの娘だ。
冬の気配を孕んだ風が吹きつける駅のホームで、スマホが震えた。夫からのラインで、やっと日本に着いたらしい。
私は素早く返信した。
「おかえりなさい」
時計の針はいつだって一方通行だ。数年前に難病を患った父はますます背中が小さくなった気がするし、朗らかだった母はちょっと短気になった。
それでも、あなたたちはずっと私の父と母だ。照れるから直接は言わないけれど、大好きだ。大好きだよ。
葛藤もあるけれど、それと付き合いながら日々を埋めてゆくのが、私の緩やかな歩みにできる、数少ないことなのかもしれない。
電車の中で、スマホがまた震えた。夫からのラインだった。
「ただいま」