今日、一つの時代が終わるとされている、らしい。それにかこつけて、何かが変わるのに、いいきっかけにでもなるんだろうか。
新しい時代に付けられた名称が世間に発表された瞬間(たぶん午後0時少し前だったと思う)、私はヘッドフォンで「さよならポニーテール」(さよポニ)の「世界と魔法と彼の気まぐれ」を都営新宿線の市ヶ谷駅付近で聞いていた。この曲は8年ほど前によく遊びに行っていた下北沢の「mona records」で偶然ジャケットを見かけて、可愛らしい三人組の女の子たちが描かれているのに一目惚れして買ったアルバム「モミュの木の向こう側」に入っている一曲だ。
私はこの曲に聴き入っていた。周りが突然、ほぼ一斉にスマホを凝視しはじめたので、あぁ、新元号が発表されたんだなぁとは思ったけれど、それよりも曲がとてもいいところにさしかかっていたので、私の意識はそちらに集中していた。もう、何十回と聴いていた曲だけれど。
一度聴いて、「さよポニ」の世界観に夢中になった。「さよポニ」はメンバーが一部変わったり増えたり、「さよポニ」の世界を描く「神さま」が変わったこと自体を曲の内容に活かしてみたり、少し認知度が上がったと思ったら急にアニソンを出してみたり、かと思えば曽我部恵一とコラボしてみたり、ピコピコしたテクノ全開の曲からアコースティックな雰囲気の曲もあったりして、なんというか、「次はどんな世界を繰り出してくるんだろう」というワクワク感がクセになるアーティストだ。今ではカラオケにも数曲入っているので、知っている人が増えてきたのかもしれない。「モミュの木の向こう側」から知っている私としては、嬉しいけれど少し複雑な気分だ(よくある、古参ファンのジレンマというやつだろうか)。
メンバーにはそれぞれにイメージカラーがあって、赤、青、黄、緑、紫の子たちがとても楽しそうに歌っている。私の推しは赤の「みぃな」だ。初期からのメンバーで、たぶんメインボーカルなんだと思う。特別、声量があるわけではないけれど、みぃなの儚げな声が歌い上げる「世界と魔法と彼の気まぐれ」は、今も私の心を鷲掴みにしている。
というのも、歌詞の内容がまるで、彼と私を歌っているかのようなのだ。もちろん、彼は魔法使いではない。どちらかというと、いや、かなり不器用なほうだ。それでも、記念日でもなんでもない日の夕食時、食卓のきんぴらごぼうをつつきながら真顔で、
「僕はね、なんの才能もないんだ。文章を書くことも計算をすることも、絵を描くことも今では苦手になってしまったし、歌はもともと音痴だし」
などと言ったので、私が「うん?」と首をかしげたら、
「でも、心琴を幸せにする才能だけは、誰にも負けないと思ってる」
などと、唐突に強烈な大鉈を振るってくるというトリッキーな才能(しかも無自覚)を持っている、と私は認識している。じゅうぶん、魔法使いと渡りあえる気がする。というか、すでに術中にはまっている私が言うのだから間違いない、彼は魔法使いだ。
新しい時代が、来るんだってね。よく、わかんないね。時代は来るものじゃなくて、作られていくものだと思うんだけどね。
30年と少しか、お互いよく生き抜いたね。さんざん苦しんで、ひどく傷だらけになって、ちゃんとわんわん泣いて、いっぱいケラケラ笑って。
なんだかとてもドラマチックなこともいくつかあった気がするけれど、それは遥か未来の茶飲み話にとっておくとして、今、一緒にこうしてテーブルを挟んで向かい合って、やっぱり「さよポニ」を聴きながら、降り止まない雨の音に耳を傾けている、こんな夜が、とても好きだ。
きっとやたらと賑やかだろうから、今夜はテレビはつけないでおこう。そういえば「さよポニ」には「この夜のすべて」という曲もあったね。間奏部分のウィスパーボイスのラップには、何度聴いてもときめいちゃうな。
新しい時代になったとして、何が変わるのか、それとも変わらないのか、あるいは変えられるのか、変えられないのか。そんなことはたぶん誰にもわからない。まぁ、当たり前だよね。
新元号発表の号外新聞が都内某所で配られたとき、我先にと人々が群がってそれを奪い合っているニュース映像を見て、ああ、元号が変われば何かが劇的に変わるかも……なんて、そんな期待はしないほうが良さそうだなとは、思った。ただ、私たちは、これまでのように生き続けて、たくさんたくさん、笑おう。だってさ、あともう30年生きられたら、私たち余裕で還暦過ぎるんだよ。その頃にはなんかもう、いろいろなことを許せているだろうし、きっともっと余裕のあるカックイーじいちゃん&ばあちゃんになれてると思うんだ。あくまで希望的観測だけどね。せっかく時代の節目とやらに遭遇したんだから、それくらい夢想したっていいよね。
でも、カウントダウンには興味がないから、今夜は暖かくして、手を繋いでそろそろ眠ろうか。
そうだな、もしもこの機会にひとつ変えることがあるとしたら、人々のどこかうわっついた気分を牽制するように静かに降りつける雨のことを、もう「悪い天気」だなんて言わないよ。