失敗は成功の母とはよく言われるけれど、世の中、過ちを犯してはマズい場面もそこそこあろうかと思う。失敗がイコール過ちなのかという指摘は今回は放念してほしい。
職業柄、私たちは人々の人権や尊厳に直結するような相談や事例に向き合うことも多く、それゆえ「ここではミスはできない」というプレッシャーや責任感をひしひしと感じながら一つひとつの仕事に従事している。
私と夫は職場は異なるが、同じ業界の先輩後輩でもあるので、土日でも必要に迫られれば仕事に関する相談対応などをしなければならないことがある。ビジネスライクで綺麗に区切れるほど、人の人生というのは単純ではないし、営業時間外だからといってSOSから耳を塞ぐのは、私たちの矜持に反することだからだ。
しかし正直、心がうまく休まらないと思ってしまう時もある。それは夫も同じのようで、今朝は二人して見事に寝坊し、危うく収集時間を過ぎて生ごみを出しそびれるところだった。この時期の生ごみ出しそびれはかなりシビアな生活環境を生み出すため、間一髪で収集に間に合ったからおそらく今日もいい日なんだと思う。
もちろん、失敗や過ちを犯すからこそ人間らしいのだ、という視点も一応はわきまえている。しかしながら、私のちっぽけなプライドが「間違えることそのもの」を、ひどく恐れていることも事実なのである。
……ここまでは、これより綴る告白に対する予防線に過ぎない。いちいち保険をかけないと己の気持ちの表明すらできないという意味で、私はとんだ臆病者なんだと思う。それをどうか赦して欲しい。できることなら人助けだと思って、少しでいいから笑ってほしい。午睡のお供にピッタリであることは間違っていないと信じている。
① まあそうだよね
少し前の話だが、都心の病院へ通院したときにランチをしようと病院近くの喫茶店を探していた。その地区の町内会の掲示板がふと目に留まる。そこには、「●●二丁目町会 今月の推し」と書かれていた、と思った。掲示板には数名の落語家の顔写真が貼られていたので、なるほどさすがは23区、表現の新陳代謝が活発なんだろう、ちなみにこの町内会は誰推しなの? と、もう少し接近してもう一度よく見てみたところ、そこにはこう書かれていた。
「●●二丁目町会 今月の催し」
あー。あーあー、なるほどね、まあそうだよね!
② 誰
ラッシュ時の山手線に乗ると、ほんのりパニッシュメントの香りがするのだ。幻臭か? もしそうだったら新しいスキルゲットだぜ。その日は寝不足気味だったため、ややクラクラしながら満員の山手線で必死につり革にしがみついていた。大崎駅で降りるので、それまでの間、少しの辛抱だ、と自分を鼓舞しつつ、でも頭はいつも以上にぼーっとしていた。それにより、私は奇跡を目にすることができたのである。虚ろな私の視界に飛び込んできたのは、山手線では見たことのない駅名だった。
「佐々木」
え……?
誰……!?
数秒後にそれが「代々木」だと気づいた時の、ぎゅうぎゅう詰めになっている車内にも関わらず、こっぱずかしさを他の乗客の一人としてシェアできない孤独感を、果たしてご理解いただけるだろうか。私はあまり視力が良くないため、普段はコンタクトを入れているのだが、最近ではものぐさ加減に拍車がかかり、その工程すらスキップするようになった成果ともいえよう。
③ そっちじゃない
職場の仲間(Aちゃんとする)と、友達夫婦が経営している喫茶店に遊びに行くことになった。喫茶店のマスターのパートナーが私の直接の友人(Bさん)で、そのBさんにAちゃんを紹介したいという意図があったのだ。
私は確かにAちゃんに伝えた、「目白駅の改札で待ち合わせね」と。ただし口頭で。
文字情報の重要性と、LINEすら面倒くさがる自分のナマケモノぶりをこの時ほど後悔したことは、まあたくさんあるんだけど、でもやっぱり「目白駅」という文字面を、Aちゃんに見せるんだったとかなり後悔した。
待ち合わせ時間になってもAちゃんが来ない。でもAちゃんからは「着いたけど、心琴どこにいるの?」とLINEが届く。はて、見回してもAちゃんの姿は見つからない。どうしたものかとオロオロしていると、聖賢なBさんから助け舟というかまさにそれな的なLINEが届いた。
「まさかAさん、『目白』と『めじろ台』を間違えてないよね……」
アー (´Д`*)
それだーー!!!!!
ああぉぉあ、ごめん私が口頭で済ませたせいだぁーと思ったけどAちゃん曰く「いやー心琴が口にする『メジロ』なんて、どう考えても京王高尾線のほうだろうって思って(てへぺろ)」
これだから23区民は嫌だよ!!(偏見+勝手な劣等感)
でも、この間違いが災い転じて福となった。予定していた時間よりかなり遅れて閉店間際に入店したために貸し切り状態が実現し、AちゃんにはBさんだけではなく、Bさんの旦那さんであるマスターも紹介することができたのだ。終わりよければなにかとよし、である。
ついでにもう一つ私の偏見を披露すると、マンデリンのブラックを好む人間に悪い輩は存在しない。
④ ?
「私さー、ホラ、あの有名な、尊い場所でやってる例のイベントに行って、スタンプ集めたいんだよねー」
?
「結構集まってんだよ、こう見えても」
居酒屋で、私の一番付き合いの長い親友含め5名でわいわいと食事をしていて、私もみんなも少しパリピ方面なノリ(つらい)でおしゃべりに興じていたときの一幕である。
その親友は、現役バリバリでコミケなどに出まくる猛者(来月のコミックマーケット96へのサークル参加が決定したためにテンション急上昇中)なので、てっきりそういう方面の話かと思っていたのだが、その場に居合わせた夫がこう通訳してくれた。
「もしかして、高幡不動尊で護摩修行して御朱印を入手したいの?」
「そうそうー」
そうなんだ!?
<模範解答>
尊い場所=高幡不動尊
イベント=護摩修行
スタンプ=御朱印
わかるか!!
なんだか夫に親友同士の聖域に踏み込まれた気がして悔しかった……と書きたかったけど、もしかしなくても夫と親友は似たような属性の人種なのかもしれない、だからこんな私と一緒にいてくれるのかもな、と考えたらそのこと自体がめちゃくちゃ尊くしかなかった旨を報告しておく。
⑤ 絶対に間違えちゃダメなやつ
ここのところ大流行中のタピオカドリンク。タピオカを食すことを巷では「タピる」と表現するのだそうだ。
先日、ついに私の地元にもそれっぽい店が駅ナカに誕生したという情報を、夫の職場の人が夫に伝えてくれたらしい(業界こそ同じだが、夫は地元密着系の団体、私は華麗に都心まで通っている丸の内系OLである←)。
ある日の仕事帰り、私のスマホに衝撃的なLINEが届いた。
夫 : タヒりた~い
ええええええええええええええええええええええ
どうした!? 何があった!? ちょ待てよ!!!! とは、さすがに都営新宿線の車内では叫べなかったよねー以下略。
⑥ どうでもいい
繰り返しになるが私と夫は同じ業界で働いているため、機会こそ少ないが同じ会議に出席することがある。私は仕事上では旧姓を通しているため、会議出席者の中には私と夫が夫婦であるということを知らない人もいたりする。
ある日の会議終了後、別の団体に所属する壮年男性が、ニヤニヤしながら夫に話しかけてきた(その近くの席で帰り支度をしていた私がパートナーだとは、その人は知らなかったらしい)。
「いやー、笹塚さん(紛らわしいが、ここでは夫を指す)、ずいぶんと丸くなっちゃったんじゃないですか? かつての『多摩の狂犬』も、ケッコンしたらすっかり歯牙を抜かれちゃったみたいですねぇ」
(o゚Д゚o)
だっさ!!!!!! ごめんでもだっさ!!!!!!!
当然、そんな輩を相手にすることはなく、夫は素知らぬ顔で会議室を後にした。終了後は駅前のタリーズで待ち合わせることを事前に決めていたので、私も足早に(しかし周囲に露骨に映らないようカモフラージュしつつ)後を追った。
アイスコーヒーを一口飲んで開口一番の私。
「単刀直入にきくよ。『多摩の狂犬』って何?」
夫は険しい顔で首を横に振る。
「周囲が勝手にあだ名をつけて呼んでただけだよ。それに『多摩の狂犬』ってのは間違いだし」
「あ、そうなの? あーそうだよね、ああなんだビックリしたよ、だってあまりにも何のヒネリもないネーミングなんだもん。そもそも『多摩の狂犬』って、ちょっといくらなんでもださすぎるし」
「正確には『多摩の狂犬』じゃなくて、『多摩地区の狂犬』だったんだ」
だっさ!!!!!!!!!!!!!!