アナベル

気がついた時にはもう
血まみれではなかった
しかしながら私もまた
命として立ち尽くして
何度も夕暮れを見送り
涙さえ流した夜もあり
そのことをどうしても
忘れることは叶わない

この街でこの星で
名前のない場所を
探しているけれど
彼処にも此処にも
名前がついていて
私に立ち止まれる
余地など既になく
当然迷うことすら
許されてはいない

完全な場所には
光すらないから
傷のない場所に
咲く花などない
そんなことなど
わかっているよ
でも怖いのです

(あ、あなたも名前をお持ちで?)

自己紹介をしてみたいのです
そろそろ私に名前をください
緑の黒髪を梳かすその右手で
私の好きな場所に触れてみて
とても心地よい音がするから
信じただけで聞かせてあげる
ほうらいっつもこうやってね
私はひとりでしりとりします

呪文、呪文、期待、束縛、呪縛、思い込み、信仰、慈愛、思い遣り、犠牲、犠牲、犠牲者、祈り、不満、見返り、背信、湿度、虚無、諦観、窒素、液体窒素、体温、擦過傷、痛み、あー

痛みのない生なんてぇ
炭酸の抜けたコーラだってさ
私はそっちがいいなぁ
だって安心して飲めるもんな

コピペでもいいし
流行りでもいいし
架空でも戯れでも
なんでもいいから
名前が欲しいです

あたしはぁねぇ、
と開きかけた口を
透明な鞭で打たれ
もう何も言えない
何も言っちゃダメ
いい子ですからね
従うまでですので

だから、せめて、名前を

貴女のその長く艶やかな髪は
もしかしなくても私の生存を
脅かすためにのばされており
貴女のその麗しい歌声だって
子守唄を葬るためにあるから
早くどうにか手を打たないと

誰かのせいにしたい
誰かのせいにせねば
だって本に載ってた
ネットに書かれてた
みんなそう言ってる
故に仕方がなかった
仕方なかったのです

ここにも紫陽花が咲いています
それはアナベルという名前です

花にすら名前があるんですね
ええ、花は、美しいですから