帰り道

コーヒーはブラックじゃないと飲めなくなった、それを大人になったと暫定的に定義すると、大人になるとは制約が増殖することなのかもしれない。

自由を剥ぎとられて裸になる時、肩書きが意味をなさなくなる時、背伸びをやめた時、大人になったものだって、沁みじみ思い返してみれば、いつだって安定の手遅れ。

この国で自分探しが爆発的に大流行した時期、探す「自分」をとっくに喪っていたから、皆んなが本当に羨ましかった。どこにも私はいなかったから、どんなに大声で歌っても気づいてもらえなかった。誰にも憎まれなかった代わりに、誰からも相手にされなかったんだ。

天国からの帰り道に舗道に落ちた季節外れの割れざくろ。コンビニコーヒー片手にそれを踏む。ぶちりと命の音がした。私はまさに今、残酷な為政者となり、赤い果肉の運命を決めつけたのだ!

背後に血の気配がする。

コーヒーにミルクを入れないと飲めない君は、その好みが変わらない限りにおいて永遠だ。ミルクによってそれは担保される。牛、うますぎる。さよならは記憶から消去されて、君はまた私に向かって口走るんだろう、

「はじめまして」

いびつな劣情は雨を呼ぶ、いつもの手口である。君はだらしなくこの街に垂れ下がるために、耳を塞ぎ目を閉じてくるくると降る。これを喜劇と呼ばずして、なんと呼ぼうか。