見えない

目の悪いらしい老婆が眼鏡を上下させながら、見えない、見えないと呟いていたので、何かお探しですかと声をかけたところ、愛はどこかと問われたので困ってしまった。老婆はかつては少女で、その頃から探し続けているのだという。哀れな老婆を助けたい気持ちと、何をしているのだという蔑みの気持ちが同時に沸いた。しかし、愛はどこかと訊かれても、自分には答えることができないという事実に直面し、非常に戸惑っているのも確かだ。

この辺にあったはずだ、と老婆は自らの胸元を指した。だが、見えない、見えないと嘆き続けているのである。段々と憐みのほうが優ってきたので、取り敢えず右手を差し出した。すると、老婆は想像以上の力でそれを握り返してきた。老婆は更には頬に一筋の涙まで流して一言、ください、呟いた。戸惑いつつも、何をですか、と聞いてやると、あの日の歌を、と言う。知りませんと答えると、老婆の表情は一変した。

「無関心は最悪の暴力であり、振るうものは万死に値するので、今すぐ探せ♪」

そう、少女だったその女は老婆になるまでずっと歌ってきたらしかった。突き放すのは簡単だ。憐憫を吐き捨てればいい。しかし、どうにもそれが出来なかった。これは果たして同情か、それともただの好奇心か。どちらでもあって、どちらでもない。兎に角、老婆は愛を探していて、それがとても悲しいことなのだと、それだけは理解できた。