ラブレター

私が覚悟を決めあぐねているうちに、あなたは新宿駅の新南口からよく見える位置の植え込みで全身を電球と電線で巻き付けられて、寒くなれば空気の冷たいほうがイルミネーションがよく映えるんだよと付き合いたてのカップルが恥じらいながら手をつないで行き過ぎるのをカウントすることを拝命したじゃないの。

ハロウィンがよくわからないうちに過ぎて、街は一気にクリスマス攻勢である。コンビニの出入口などには、おせち料理のカタログまで置いてあって、ああ早く決心しないとあなたが可哀想だとわかっていながら今日も通勤で通過するだけの新宿駅の新南口から顔を一瞬だけ突き出して、あなたが誠実さを汚しながら全身でカウントし続けるのを確認した。

寒さが厳しさを増した霜月の朔日、さすがに尊さにもほどがあろうと私は裁ちばさみを携えてあなたを訪ねた。あなたは両手の指を幾度も折っては広げ、広げては折ってを繰り返し過ぎていたためにすっかり挙動不審になって、新宿の街によく馴染んでいた。

嫉妬はしなかった。わかりやすい事象ほど安易に共感帯が広がるぶん、余計なものを増幅させやすいので慎重に慎重を重ねて処理しなければならない。余計なものとは具体的には批判という名の陰口だったり、論駁という名の暇つぶしだったり、それこそ嫉妬という名の都合のいい犯行動機などである。

あーめんどくせーとは思いつつあなたにミネラルウォーターを投げつけると、あなたは文字通り生気を取り戻したけれど、どうしても理由のわからなかったことが判明した私に、しかし特段の感慨は湧いてこなかった。

光を! 光よ! っていうんならさ、なんでもっと馬鹿になれないの?

あきれたね。あなたに巻きついていたのはイルミネーションの電球じゃなくて全部その昔はキラめく☆だった眼球だったんだもの。電線だと伝え聞いていたのは、ただの頼りない血管と伸びきった神経だったんだもの。しかもあなたが堅牢に守ってきた命令は、ただの思い込みだったんですから、もう悲しくなってもいいやって思えました、ありがとう。

私はあなたの頭のてっぺん付近で一番うるさかった元☆を右手でつかみ、左手で頬にまとわりつく現眼球を払いのけ、裁ちばさみを有効活用しました(注釈が必要ですか? 私は左利きなのです)。そうしてあなたを一気に植え込みから引っこ抜きました。どこにでもあることなんでしょう、いわゆる、文字通りの引き抜きというやつです。

ピカピカとこちらに訴える一個を見つめ返すと、それは勝手に潰れてゆきました。自由になりたくないあなたは、残りで懸命にカウント作業を続行します。いい加減にしろ。

優しさを消費してこの街を急く人々は誰も見向きもしません。私が見つめるとどんどんとそれらは軽妙なオノマトペを連想させて潰れてゆきました。私は感謝を伝えなければならない。わかっていても、告白というのはどうしてこう難しんでしょうね、もじもじしちゃう。

最後の一個が原型を失ったとき、やっと一人だけ私に声をかけてくれる人がありました。他でもないあなたでした。あなたの影がまたこの街からふよふよと浮いてゆきます。それって、どうやらダサいことなんですってよ。

風が強く吹き付けたので思わずコートのポケットに両手を突っ込みました。するとそれらしい感触があったので、せめてそれをあなたに返そうと差し出した一個はタピオカでしたー。けっこう似てるんだよね。

優しく、易しくね! わかりやすくね! ってすげーめんどい。

ほら見たことか、この街であなた一人の眼球と血管と神経が消耗されようが、増殖し続ける憎しみとタピオカドリンクには敵わない。おぞましいほどつまんないけれど、あなた一人がどんなに切実に叫んだところで山手線と埼京線と湘南新宿ラインと中央線快速と中央総武線と京王線と小田急線と丸ノ内線と都営新宿線と都営大江戸線のホームに一斉に電車が進入してきたら誰も何にも聞こえやしないでしょう。正当化とは、そういうことです。

虚しい? 当然です。

新しいイルミネーションが驚安みたいですよ!

あなたがどんなに心血を注いでそう喧伝したところで、今日も明日も明後日も、みんな素敵な真顔をして他人同士として生きていきます。

だってここ、新宿ですから。

私も覚悟を決めました。なにもかもあなたのおかげです。二の腕の下からまずは一個、眼球が神経の糸からぶらさがりやがった。なにもかもあなたのせいです。

お疲れ様でした。