黒鍵

ピアノを食べたひとは

ピアノが弾けない

幾何学模様の布の並んだ

小さな部屋に住んでいる蛾の

確信に満ちたうわごとである

面的に繙かれたアンビエントを

口の中でエゴと溶かしている

朝顔が咲き始めても

ジムノペディは聴こえない

独善ばかりは堆くある

絡めとられる糸また糸

机上の優しさだけが

もてはやされる賑やかさ

絡めとられる糸また糸

それは私の神経である

寄る辺を喪って久しい——

これが私の求めた旋律である

書けなくなった万年筆を

コップの水に溶かしてみたら

インクがどんな絶叫よりも

異様な流紋を描き

蛾に宛て遺書を認め始めた

あたかもラララが所有物で

花よ! などと緩怠を許せば

それが理解であるかのように

尊厳を消費し続ける瞳(蛾)

痩躯に憧れてピアノを残せば

ピアノを弾くことができるのか

私の神経は蜘蛛の糸でできており

不遜な蛾を丁寧に捕まえる

数多の諦観を免罪符に

流螢などに瞠目しつつ

綺麗だねえと嘯くだけの

人々を悉く見逃しつつ

黒鍵だけを押さえてみれば

いびつな和音の指し示す

今日のニュースが速報で

私の訃報を伝えていた