雨の日に傘を持たない人は
もれなく優しい人でしょう
降り注ぐ雫に身を預けながら
微笑みを知る強い人でしょう
雨の日に傘を持たない人は
もしも誰かの物語のなかで
誰かが死んでしまったならば
祈ることができる人でしょう
そのような人とは
誰にも気づかれず
生きているのです
市役所で発行できるという
存在証明証書には
傘を持たない人の名前は載りません
なぜなら
傘を持たない人は
名前を
顔を
水晶を
雨の日に傘をさす人々により
【すべて】奪われたからです
それでも傘を持たない人だけは
雨のことをきちんと知っている
雨が大地を襲わんばかりのとき
傘はまるで役に立たないことと
損壊した傘には誰かを傷つける
ことしかできないということを
傘を持たない人はいつだって
両手を振ってスキップします
雨が降ろうが、降らまいが、
輪舞曲の塩梅で歩を遊ばせます
「自由」を辞書で引かないでも
本当のそれを感じているのです
傘をさす人々は知りません
傘を持たない人が代わりに
打たれる痛みを引き受けていることを
傘を持たない人は知りません
傘をさす人々の嘲笑の醜さを
(知らなくても良いことのひとつです)
雨粒の一つひとつを一身に受けて
傘を持たない人は細胞分裂をして
涙となって優しい人の涙腺を伝い
——滔々と流れてゆくのでしょう
雨雲はふくよかな誰かの手のひら
雨粒は優しい誰かの密かな悲しみ
次に雨が降った時には
どうか傘はささないで
すべてを感じてほしい