ひとりとひとりとが出逢って、ふたりになった。孤独と孤独とを掛け算したかのようなモノクロの虚しさが、日々を重ねるにつれ、いつしか彩られていく。これはそんな、ささやかで、それでいてどこかが強烈にずれている、「ふたり」の、なんてことない一週間のこと。
月曜日 いつものセルリアンブルー
だから、ふたりは死にたくなる
きみは照れ屋だから、朝起きて「おはよう」を言うのにもいちいち、少し躊躇する。お互いに寝ぼけまなこを交わして、朝が来たことを確認しあう、そんなのは毎日のことなのに。
間違いなく、朝だ。朝が来るのは、決して希望に満ちたことではない。特に月曜日のそれは、どちらかというと絶望に属するかもしれない。それを振りほどくように、きみは頬をかいてから大きなあくびをした。
底冷えした12月の朝、しかも月曜日。前日に作ったカレーに火を入れて朝食とする。カレーはまだまだ残りがあるので、タッパー出動案件である。冷凍させてしまうとジャガイモの食感が変わってしまうけれど、それも悪くない、と自分に言い聞かせて冷凍庫を開けた。
きみはいつも通りの順序でコーヒーを淹れる。コーヒーメーカーの電源を入れると、ぼじょぼじょ……と独特の鳴き声をあげるものだから、そろそろ寿命かもしれない。
洗濯機に洗剤を入れて、回し始めるとぐぉーん、と聞いたことのない音を立てた。こちらも限界が近いのかもしれない。
コーヒーをガラス製のカップ2つに注ぐきみは、コーヒーメーカーと洗濯機を交互に見やった。
「困ったね」
すかさず私も応じる。
「うん、困った」
きみが使い倒された家電に慈愛の視線を向けるそのわけは、壊れかけているものに対する敬愛ゆえだ。すなわち他人事と思えない、ということである。私はコーヒーを一口すすって言った。
「コーヒーメーカーはまだいいよ、ドリップコーヒーでしばらく代用できるから。でも、洗濯機は困る。出勤前に手洗いなんてできない。しかも冬なんて無理」
「そうだね」
「ああ、困った」
「そうだね、死にたいね」
「うん、死にたい」
壁掛け時計を見ると、いつもの通勤電車に乗るために家を出なければならない時刻である。職場まで一時間半以上かかるものだから、朝はいつも忙しない。家電の今後についてゆっくり検討する暇などない。
わかっているから、ふたりして死にたくなった。
月曜日はいつもゆううつ。朝は特に凶悪。どんなに死にたくなったって、誰にも責められないから、好きなだけ死にたくなる。それが、ふたりの月曜日。
火曜日 新顔はコーラルピンク
きれいだから、いいじゃない
きみの通院はいつも火曜日だ。会議や残業の入りづらい曜日なのだそうだ。きみは仕事帰りの通院から帰ってくると、薬局で受け取った薬のヒートを丁寧にテーブルに並べる。私はそれをいつも密かに、(トランプみたいだ)と面白がっている。
シルバーのヒートに白い錠剤。パープルのヒートに青みがかった錠剤。オレンジ色のヒートに黄色の錠剤。名前は覚えられないので覚えない。覚えたところでそんなに意味がない。これらは生活の支えである一方、きみのきみらしさの一部を否定する存在でもある。
「眠剤、飲んじゃった?」
私は、録画していたドラマを観ようときみに声をかけた。
「まだだよ」
「お、じゃあこっち来なよ」
私はリビングのソファでクッションを叩くが、きみは首を横に振る。
「作業中」
テーブルを見ると、いつも通りにヒートがずらりと並んでいる。そこへ見慣れないヒートを見つけた。コーラルピンクのヒートに、ベージュ色の錠剤。
「新顔?」
「うん」
「そっか。種類増えたんだ」
「うん」
私はクッションを壁に預け、きみの作業を見守ることにした。きみは長いカタカナの薬の名前を教えてくれたけれど、私は覚える気がないので「ふーん」とだけ返した。
シルバーにパープルにオレンジ、それにコーラルピンク。それが一か月分、一堂に会するとなかなかどうして、きれいなのである。トランプというよりは、花札のような。百花繚乱。それは言い過ぎか。
「コーヒーメーカーが壊れたことを主治医に話したら、増やされた」
それを聞いた私は、なんのためらいもなく爆笑した。どんな理由だよ、それ。
「そんなに笑うことないじゃない」
きみは憮然というが、私は構わず笑う。
「変なの」
「僕が増やしたわけじゃない」
「変だよ、じゅうぶん。あー笑える」
壊れたコーヒーメーカーは、燃えないゴミの日に出さなければならない。指定された袋も買わなければならない。ああ、面倒。
テーブルの上に整然と並べられた薬のヒートたちが、リビングの照明を反射して同じ角度で白く目に映った。ふと、動き回る光を目で追って同じ動きをするペンギンの群れを思い出した。
いつかふたりで行った、水族館で見たペンギンたちの、あれは何だったんだろう? 純然たるもてあそばれ、だろうか。
水曜日 願いごとはバイオレット
間違いだらけだ、この日常は
在宅ワーク中、ラジオのニュースで、今夜がふたご座流星群のピークという情報を得た。そのことを出勤しているきみにメッセージするとすぐに既読がついた。
『家のそばの河原がいいと思う』
本気か。この寒さの中、流星群を観に出かけるってか。確かにロマンチックかもしれないけれど、最上級の寒さ対策が必要だ。そこへ続けて届いたきみの連絡に、私の気持ちは一気に引き締まった。
『会えるかもよ』
月並みかもしれないけれど、月並みで何がいけない。会えるかもしれない、ときみがあらわしたのは、他でもないふたりの子どものことだ。命は尽きたら、もれなく星になる。間違いない。生まれてくることのなかった、私たちの大切な存在に、会いに行くのだ。
17時を過ぎてすぐに、きみが残業を免れた旨がスマートフォンに飛んできた。12月も中旬、16時半を過ぎたらこの街は真っ暗闇だ。
ダウンコートにマフラー、手袋をがっしり装備した私を、ダッフルコート姿のきみが見つけた。河原にしつらえられた石階段にふたりで腰掛ける。ひんやりとした感触があった。周囲には同じように流星群を観測しに来た人々がちらほらいた。
白い息を吐きながら、きみがかばんから缶コーヒーを取り出して、差し出してくれた。私は少しはにかんでそれを受け取る。だが、その表情はすぐさま崩れた。
「冷たっ」
「だよね」
「なんでつめた~いほうを買ったの!」
「間違えたから」
「正直か」
ふたりの頭上で、きっと星々はショーを始めているだろう。やっと見つけたと思った煌めきは、しかし飛行機のライトの明滅だった。
少しの間、冷たい缶を持て余しながら夜空を見上げていたが、想像していたみたいに「うわぁ~きれい~」とはならず、ふたりは徐々に言葉をなくして、我慢比べみたいにじっと動かなかった。
だんだんと風も出てきた。きみは意を決したのかしびれを切らしたのか、冷たい缶を私から奪うとプルトップをくいっと開けて、ぐいっと飲んでしまった。本気か。
「会えるかも、なんて安直だった」
きみはぽつりと言う。
「帰ろう。寒くて風邪を引きそうだ」
「缶コーヒーでとどめを刺されたみたいだね」
「うん」
「素直か」
会うことの叶わなかった、あなたへ。こんな私たちで、ごめんね。この言葉すらも届くことがない場所に、あなたはいるんだね。悲しいとか悔しいとかじゃないんだ。ただ、私たちがあなたに会いたいってことを伝えたかった。それだけ。
隣を歩いていたきみは帰路の途中、電柱の下で、ふと足を止めた。
「どうしたの?」
私の問いかけに、きみはゆっくりと口角を上げて、街灯に照らされた横顔を歪めた。それから少しの沈黙ののち、こうつぶやいた。
「……死にたい」
「そうだね」
私はきみの肩をさすった。ふたりはしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
結局、一つも流星を観られなかった。今日に限って、きみの死にたい、がやけに寂しく響く。こんな極寒の夜に冷たい缶コーヒーを買ってくる。なんだろう、間違いだらけだ、私たちの日常は。
木曜日 ディレッタントとモスグリーン
手加減して、なんて言えない
きみはとにかく本を読む。著名な作家の作品はもちろん、ニッチなジャンルの雑誌も気になれば買う。本屋に行くのが好きなので、行くたびに数冊買ってくる。おかげで、決して広くないマンションの一室は、本棚というより倉庫状態になっている。
私もきみにこそ劣るものの、本を読むのが好きだ。それと同じくらい、ものを書くのが好きだ。ちまちまと日々の気持ちなどを、詩やら短歌やらにして創作してはウェブに投稿をしている。ありがたいことに読んでくれる人たちがいて、日々の大きな励みになっている。
一番身近で、かつ最も手ごわい読者が、きみだ。読書中のきみを妨げて、「今日の作品でござい」とスマートフォンをひらひら見せると、きみは露骨に嫌そうな顔をした。
「今日は短歌を詠んだ! 読んで」
「あとでね」
「今読んで」
「……ん」
きみがぎろりとスマートフォンを睨む。けれど私も引かない。十首も詠んだのだ、一首くらいきみに響く歌があるはずだろう。そんな自負というか思い上がりが私にはあるのだ。一応、自覚はしている。
「はい、読んだよ」
「感想はっ?」
「別に」
「『別に』⁉」
いやいや、もうちょっと手加減してくださいよ。お世辞のひとつも言ってくださいよ。まあ、それができないから、きみなんだろうけど。
きみは何事もなかったかのように読書に耽っている。私がわぁわぁと文句を垂れると、きみは一度だけ肩をすくめた。
「そんなことより」
「『そんなこと』⁉」
「これ、欲しがってなかった?」
そう言って今度はきみがスマートフォンの画面を見せてきた。そこに映っていたのは、寝心地抜群と噂のパジャマ、それもペアだ。日々睡眠薬を使ってどうにか眠っている私たちにとって、睡眠の質の向上は喫緊の課題である。
モスグリーンのペアルック。……なかなか攻めてるね。でも、家の中なら問題ないか。
パジャマの表示されている画面に食いついた私を横目に、きみはまた読書を再開する。すっかりきみの手のひらの上なのだ、私は。居心地はまあ、悪くないけれど。
金曜日 恐怖をほどくココアブラウン
そうして壊れて、また再生して
この日は朝起きると、もうきみはリビングにいて、コーヒーのトリップパック用のお湯を沸かしていた。
洗濯機がついに壊れた。だましだまし使っていたのだが、電源を入れてもうんともすんとも言わなくなってしまった。今となっては「ぐぉーん」とすら鳴かなくなってしまったのだ。
困った。この日はきみが在宅ワークで私が出勤の日だった。いつものようにバタバタと朝の支度を済ませた私は、いそいそとブーツを履いてきみにこう言い残して家を出た。
「ごめん、あとよろしく」
きみから返事はなかった。
今日は出勤も兼ねた私の通院日だった。事務所から近いのでなにかと助かっている。
通勤電車の中できみに、『帰ったら洗濯機のこと検討しよう』とメッセージを送ったが、なかなか既読がつかなかった。真面目に在宅ワークしているのかな。
通院はいつも通り、主治医の「最近どうですか?」から始まって、私がここのところの心身の状態を話し、薬を調整して終わる。調子が安定しているときには診察は10分もかからない。私にとって通院とは、自分の状態を客観的に振り返られる、いい機会と捉えている。
「……夫が」
私は自分の不安を吐露するように言いかけて、口ごもった。信頼できる主治医とはいえ、ふたりのことをなんでもかんでも話せるわけではない。
「旦那さんが、どうかしました?」
「いえ、なんでも」
こういう時ほど笑顔を浮かべてしまうのは、私の悪い癖なんだろうな。
その後、ランチの時にスマートフォンを開いても、なかなか既読はつかなかった。『どうしたの?』を表すうさぎのキャラクターのスタンプを送っても、一向に反応がない。不安な気持ちをかみ殺して、午後もなんとか仕事をして、定時にあがった。
さすがに心配になったので、職場から最寄り駅までの道すがらで電話をかけた。3コール目で、きみは電話に出てくれた。私はひとまず、ほっと胸をなでおろした。
「あ、もしもし? メッセ送ったんだけど気づいてないかなあ」
しかし、残念ながら私の嫌な予感は的中していた。きみははっきりとした口調で、こう告げたのだ。
「音楽が聴きたい」
「え?」
「聴かなきゃならないんだ」
「音楽って、なんの音楽?」
「なんでもいい」
……こうなっては、何を言っても無駄だ。私は「わかった」と電話を切ると、早足で帰途についた。
特急列車のなかで、私はサブスクリプションの音楽サービスからきみの好きそうな曲を選んでプレイリストを作った。これくらいしか、私にはできそうになかった。
電車が真っ暗な多摩川をガタゴトと渡るとき、私は無性に泣きたくなった。仕事でとても疲れていたけれど、電車の規則的な揺らぎも、私に眠気を許さなかった。
ようやく家に帰ると、リビングの照明はついていたものの、きみはそこにはいなかった。電気のついていない寝室で、身を横たえていたのだ。
「ただいま」
「……おかえり」
「大丈夫?」
言ってから、これは愚問だと自分でも思った。きみは、「音楽を聴かなきゃ」と返答した。
私はスマートフォンのミュージックアプリを起動させると、きみのために作ったビートルズのプレイリストを再生した。きみはゆっくりと身を起こすと、私に隣に座るよう促した。
「……この曲、好き」
きみの「好き」は、いつだって私をひどくときめかせる。つくづく、罪作りだ。きみは、まだ外気を含んで冷えている私の髪を緩慢な動作で撫ぜた。その手はかすかに震えていた。
もちろん、私が調子を崩すこともある。だから、いつだって私たちふたりは、お互いさまなのだ。
恐らく、新しい薬が合わないのだろう。患者の薬の調整は医師のマターだが、薬を使って生活する、生活者としてのきみをサポートするのは、パートナーである私の役割だ。
「怖い」
きみは怯えきった目で私に告げる。
「なにが怖いの?」
「この日々がいつか終わってしまうことが、どうしようもなく怖いんだ」
私は、リビングに向かうとマグカップにミルクを注いで、レンジにかけた。きみも体を起こしてあとを追いかけてくる。
ミルクが温まるまでの間、ふたりでくるくる回るレンジ皿を見つめた。今度は電子レンジが壊れたらどうしよう、なんて考えたりする。
温まったミルクに粉ココアを溶かし入れ、そっと差し出すと、きみは神妙な面持ちでそれを受け取った。それからゆっくりと一口飲んで、
「……おいしい」
と呟いた。
私のスマートフォンからは「Blackbird」が流れていた。
土曜日 はじめましてオフホワイト
影の置きどころが、あること
この日、きみは午前中起きてこなかった。よほど心身を消耗したのだろう、昨夜はココアを飲んだあと、少しおしゃべりをしてから、睡眠薬を飲んだ。ココアが効いたのか、泥のように深い眠りについたようだった。
私は朝の家事を済ませると、タブレット端末を開いて「洗濯機 おすすめ」と検索をかけた。駅前の家電量販店で、表示された型番のおすすめの一台がセールされていることがわかった。しかも限定5台だという。
ここはきみを叩き起こしてでも購入に行くべきでは……? と一瞬そんな考えが脳裏をかすめたが、きみがあまりにも穏やかな表情で眠っているのを見て、すぐに思いとどまった。
正午を少し過ぎたころになって、きみが起きてきた。
「おはよう。調子はどう?」
私がそう声をかけると、きみはどこか照れたような様子で、「普通」とだけ答えた。普通なら、上々である。
「おなかすいた」
きみが言う。上々どころか上等だ。ちょうど私も空腹を覚え始めていたところだ。ぼさぼさ頭に少し伸びたひげ面のきみは、テーブルの上のマグカップに麦茶をどぼどぼと注ぎ、一気飲みした。
「駅前のヨルバシカメラで、評判の高い洗濯機が大特価セール中なんだって。ランチもしたいし、出かけよっか」
「……うん」
週末の駅前はクリスマスが近いこともあって、実に賑々しい。親子連れやカップル、友達同士などで連れ立って歩く人々でいっぱいだ。私たちもまた、そんな風景の一部なんだろうと思うと、影の置きどころを見つけたようで少しだけ安心する。
さっそく家電量販店をのぞくと、限定5台の大特価洗濯機は残り2台になっていた。なんという絶妙な塩梅だろう。これは迷う余地を消費者から奪う罪深い残り方である。私たちは、思わず顔を見合わせた。展示品の洗濯機のオフホワイトが、ぎらりと笑った気がした。
想定よりかなり安価に新しい洗濯機が手に入ったので、ついでにコーヒーメーカーも見ていこうという話になった。洗濯機は実質私の一択だったので、コーヒーメーカーは選ばせてほしいというきみの意見はもっともだ。
きみは洗濯機の時と打って変わって、厳しい目つきでコーヒーメーカーを品定めし始めた。スペックとプライスのバランスが重要なんだ、とのことだった。でも、そんなことを言ったらどの家電だってそうじゃないか……?
ステンレス製の丈夫そうなコーヒーメーカーを購入し、いっきにご機嫌モードになったきみは、ランチのパスタを嬉しそうにフォークに巻き付けている。鼻歌で、「Penny Lane」なんて奏でながら、ぺろりとトマトソースのよく絡んだ麺を頬張る。
なんてことない、週末。必ずやってきてくれる、週末。私たちは、土曜日が大好きだ。
日曜日 そして途方もなくクリア
絶望するには、鮮やかすぎる日々
朝、目を覚ますととなりできみが、横になったままスマートフォンを操作していた。
「眠れなかったの?」
「ううん。さっきまでぐっすりだったよ」
「よかった。おはよう」
「……おはよう」
日曜日はいつも、どこか気だるい。一週間の疲れが出るのだと思う。いつまでもベッドの中でうだうだしていたいが、生活リズムが乱れるのも困りものなので、深呼吸してからえいやと身を起こす。
日曜日の朝食にいつも作るのはコンソメ風味のかきたまスープ。それにトーストと解凍したカレー、あればトマトをスライスして添える。
現代は年がら年中おいしいトマトが食べられるのだから、技術の進歩というのは本当にすごいと思う。もちろん、旬という概念も大切なのだけれど。
土曜日に買った洗濯機は、今日の午前中に配送される予定になっていた。壊れてしまった旧機はコンセントを抜いて、本の貯蔵庫と化している部屋に保管してある。いよいよこの部屋は倉庫の様相を呈してきた。
「そういえば、今朝スマホでなにを調べていたの?」
私の問いに、きみは「内緒」と答えた。きみがそういうのでは、それ以上の詮索は不可能である。別に、何を検索していても構わないのだけれど、きみのことならなんでも知りたいと思ってしまうのは、私のわがままなんだろうな。そう、秘密の一つや二つ、あったほうがお互いのためなのかもしれない。
新しい洗濯機は午前11時手前に届いた。配送業者の人がホースの設置もしてくれて、本当にありがたかった。
いざ電源を入れてみると、旧機よりも動作音が静かなことがわかった。しかも、使用する水の量もかなり抑えられるらしい。さすがは高いレビューを誇る選ばれしマシン。今日は快晴なり、溜まっていた洗濯物を一気にやっつけた。爽快な達成感があった。
ランチにはパスタを茹でた。そういえば昨日も食べなかった? という話になったが、今日はたらこソースなので無問題ということにした。
夕方、洗濯物の干されたベランダのよく見える窓際で、私たちはなんとなく寄り添って座っていた。きみは読書、私は創作活動。この時期は夕暮れ時が短く、あっという間に空を深い藍色が支配する。
しんと冷えた空気を窓越しに感じながら、きみはお気に入りの一冊を読破する。私は性懲りもなく作品をウェブに投稿する。ふたりの視界に、夜風にはためく洗濯物が入ってきた。
あっという間に日曜日が終わろうとしている。月曜日になったらまた、あの絶望を味わうのだろう。私は、きみのとなりでそれを、全身で感じていたい。ひとりじゃなくて、ふたりでなら。
きみは言う。
「死にたいな」
私は言う。
「死にたいね」
そうして、どちらともなく手をつなぐ。別に急がなくたって、ゆっくりと確実に死へと向かっている私たちの日常。ここにあるのは、時限仕掛けの幸せ。終わりがあるからこそ、今この瞬間が、こんなにも愛おしいのだ。
どんなに死にたくなっても、私はそばにいるから。
これからも、ふたりの日々は続いていく。様々な出来事から色彩を得ながら、やがて必ず来る別れの時まで。
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