彼の唯一の関心は素数である。
る、る、る、と私が歌ったところで全く意味はない(それでも絞りだした悲鳴が歌なのだけれど)
私はあの日あの日あの日幕張付近で京成線の踏切を渋滞する車の後部座席から眺めており――遮断機がひどく疎ましかった――風景から色彩がどんどん失われていくのを、ただ茫然と見送っていた愚かなカモメであった。だから?
もう笑うべきなのだ。ろくに弾けなかったギターの、錆びた一弦だけを使えばあるいは、笑わずにはいられないのかもしれないけれども。
る、る、る、と私が歌うと彼は機嫌を損ねる。
素早く素数を列挙しなければならない。
吐き出した嘘の数だけ。刻んだ鼓動の数だけ。(けだし「2000000000は素数ではないよ」なんて指摘は全くの野暮だとしてもだ)
カモメは食卓にて鰯のよく煮えたのをいただくのです。もしも南風が吹いたら、永遠や愛とやらにニックネームをつけてあげるのです。とっておき面白いのを。そうしたら、もう笑わなくっちゃならないから。
彼が心臓を食むとき、カモメはガタガタ震えるのです。まるで少女の秘密の児戯みたいに。【あーあ、手編みのマフラーは、あんなことのためにあげたんじゃないのに。】みんなしてスマホを向けてさ、ああ、他人事ってやつは本当に芳醇だ。
(カモメは彼の隣に整列をします。る、る、る、としか鳴けないから。)
特急上野行きの京成線がフルスピードで過ぎようとする踏切の遮断機をくぐって、心優しい人! のみが弾くことを許された(誰に?)ヴァイオリンが、E線だけを奏でるとき、カモメはただの傍観者であった、た、た、たすけてとはいえなかったんだねかわいそう
素数に関するあれこれを論えばよかったのでしょうか?
2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97, 101, 103, 107, 109, 113, あ、
そういえばカモメは今、年齢が素数です
そのことを彼に伝えると、彼は初めて私を毟ってくれた。嬉しかったです。
彼は無邪気に白い羽をベランダから撒き散らした――季節外れの雪のようだと、みんなしてスマホを向けてさ、――ああ、永遠にも愛にも、とっくにニックネームがついていたのですね。
る、る、る
る、る、る
る、る、る
る、る、る、(る)
私がどんなに歌ってももう
彼が不機嫌になってくれることはない
カモメはずたぼろの笑顔になって
「あの日」から色彩を取り戻すためだけに
瓶づめの心臓を首から提げて
京成線の線路の上をほつほつ歩き出す
ちょうどよかった
背後から特急上野行きが迫っても
もう飛べないから