第三話 万引き

絵美子が怪訝そうに桃香を見る。身動きしないと思いきや、桃香は突然その場から速足で離れだした。 「ちょっと、桃香!」 桃香は跳ね上がる鼓動をどうにかしたくて、しかしどうしようもなくて、ひたすらあの場から逃れることを考えてい…

第二話 キーホルダー

思い立ったが吉日。絵美子にはあきれられてしまいそうだ。しかし桃香の足は迷うことなく本屋へ向かっていた。本棚を探しても、中原中也は見当たらない。流行りのコミックのコーナーは広いのに、詩歌のコーナーなんてオマケ程度にしかなく…

第四話 そういう立場

それから数日後、コトノハの店内最奥のテーブルにホームセンターで買ってきたベッド用の天蓋が設置された。ここで魔女・ヨーコがオーストリアをはじめとする欧州諸国から買い付けたグッズを売ることが決まってからというもの、美咲はもち…

第六話 許可をください

香月は驚きの表情を全く隠すことなく、透の隣にすとんと腰を下ろした。 「ねえ、覚えてないかな? 私、第八中学校で一緒だったミヤマカツキ」 透は突然そう言われて、ぎこちなく「はい?」と返すのが精いっぱいだった。香月は構わずに…

第八話 そこにいるそのもの

数日前のことだ。定期的に自宅に訪問する若手のソーシャルワーカーが、透の提出した『日課のチェックリスト』中の11月27日(火)と11月30日(金)の欄に「コトノハ」という走り書きを見つけたので「これはなんですか?」と質問を…

第十話 美味しくなってね

コトノハのある街は外国人観光客も多く滞在する。都心へのアクセスが良好な上にホテル代が比較的安価だからだ。コトノハにも時折やってくることもあるが、これまではメニューの指さしか単語の羅列、ボディーランゲージでどうにか応対して…

第十六話 さよなら

もともと得意だった英語や現代文はもちろんのこと、ずっと不得意だった数学に「83」、物理に「79」、化学に「86」という高得点を朋子が獲ったことに、透は驚きを隠せなかった。 透が伝えたのは勉強そのものというより、勉強に楽し…

第二十話 バレンタインデー

バレンタインデー当日、美咲と透とで作ったチョコクッキーが完売して、プレーンも残り一袋となった夕方ごろ、コトノハに郵便配達の人がやってきて、小包を届けてくれた。 「イタリアからです」 差出人欄には、「Yoko Kuromi…

第十八話 もらい泣き

美咲は夜空を見上げて、ふっと白い息を吐いた。 「笑顔でいるとね、強くはなれないかもしれないけど、自分のことをもっと好きになれる気がするんです」 点灯した公園の街灯の光が、美咲と透、そしてマグを穏やかに照らしている。 「沢…

第十四話 笑顔でいなきゃ

ヨーコにはひとつ気がかりがあった。期末テストで好成績を出して以降、朋子がどこか浮ついたような、落ち着かない様子でいることが増えたからだ。 客のオーダーを間違えることもしばしばで、そのたびに美咲が謝るのだが、その隣で当の朋…