第五話 手紙
彼の眼は爛々として、すでに既存の世界を映していない。彼が望んだ世界が、目の前に広がる。それは、背筋が凍るほどに美しく、また残忍だ。 「ふふふ…………」 時刻、午前3時。彼だけが認識しうる世界で、彼はどこまでも幸せなのだ。…
彼の眼は爛々として、すでに既存の世界を映していない。彼が望んだ世界が、目の前に広がる。それは、背筋が凍るほどに美しく、また残忍だ。 「ふふふ…………」 時刻、午前3時。彼だけが認識しうる世界で、彼はどこまでも幸せなのだ。…
新緑のむわっとした生命の匂い。彼は花壇の横に設えられたベンチに腰掛けて、深呼吸をした。 「皐月、か」 かつて、彼と彼の愛する人が儚い永遠を誓った季節。彼にとっては特別なときだ。箱庭の外ではバラも美しいだろう。あの日、確か…
あの日、夏の日差しを照り返した白球は、虎谷幸広をあざ笑うように飛んでいった。試合終了のサイレンがワンワン鳴っている中、泣き崩れるチームメイトを横目に、幸広は不思議な気分でマウンドに立っていた。 あ、終わったんだ。 毎日汗…
1 見守っているとあなたは仰るがそれは見張りとどう違うのか 2 パレットに黒と白しかないなんてその身に巡る血を思い出せ 3 素数より美しいものを知らないこの人生は上々である 4 誘蛾灯ぜんぶ折ってもいいですか許可されなく…
工藤征二の朝は早い。起床時間より一時間も前にデイルーム(患者が日中を過ごす場所) 入口で本を読みながら、鍵が開くのを待っているのだ。その日の宿直の高橋美和は、不眠を訴えてナースステーションに来た女性の対応をしてから、扉越…
第一総合病院精神科病棟。その晩、デイルームのテーブルの上には青い花が飾ってあった。高橋美和は夜勤で眠い目をこすりながら、時々ナースステーションからそれを見た。 とても気持が和んだ。かわいいもの好きな美和だから尚更だ。花な…
彼女は一人泣いていた。 どんなに堪えても、あとからあとから涙がこみ上げてくる。 ……どうして。 誓ったはずなのに。あの日、確かに、誓い合ったはずなのに。 無情にもタイムリミットはやってくる。 彼女は、一人、その場を後にし…
1 靴下は片方なくすと気づくでしょ素足を寄せるこの音が好き 2 スイッチは軽い気持ちで押しましたまさか全員消えちゃうなんて 3 「愛だよね」確認された瞬間に愛じゃなくなるなら愛じゃない 4 鼻唄は洗濯機にも伝染し土曜の昼…
1 万華鏡 説明責任から逃れ数字となった人々の夢 2 飼っているインコが死ねと言い出した取り返しっていくらでつくの 3 平準化された笑顔で渡される林檎を嚙る芯はへし折る 4 人の声じゃないといいねあの家はペット禁止のはず…
1 カレー屋の屋号が変わった気がしててチェックのためのバターチキンだ 2 新宿のエスカレーターのくだりに終わりがないと思わなかった 3 各停はだめなわたしをだめなまま古書とカレーの国へ導く 4 踊れないアルゴリズムはリズ…