第三話 ぼんやり
コミュニティカフェ「しえる」の営業終了後、蒼斗は朝香を二階部分の地域活動支援センター「オーブ」へ案内した。朝香は、清掃など閉店後業務を手伝うと申し出たが、蒼斗いわく「まずはこの場所について知ってほしい」とのことだった。 …
コミュニティカフェ「しえる」の営業終了後、蒼斗は朝香を二階部分の地域活動支援センター「オーブ」へ案内した。朝香は、清掃など閉店後業務を手伝うと申し出たが、蒼斗いわく「まずはこの場所について知ってほしい」とのことだった。 …
「碑」が生命活動を維持していること、しかも外部刺激に対し生理現象としてだけではなく一定程度の人間的な反応——例えば泣く、怒るなどの感情表現を示すことは、一部の研究者たちによって既に明らかになっている。 しかし、このことは…
橋本朝香は自宅のドアを開けるのと同時に、大きくため息をついた。返却期限を迎えた本を図書館へ返しに行くという外出の口実があってよかった。自室にいても退屈だし、リビングでは母親が眉間にしわを寄せて、テーブルでうたた寝している…
窓辺には金木犀の香りまたきみがほどけるきっかけを生む 人の記憶は、匂いと強く繋がっているという。ウェブ記事で読みかじっただけの知識だから、深い理由や正確な仕組みはわからない。けれど、いま私のとなりにいる彼を見れば、そのこ…
「まさか―――?」 黒蝶はやがて、一か所に集中し始めた。黒々しい塊になったかと思えば、あっけにとられる真水と浩之の目の前で、一糸纏わぬ姿の麻衣子が現れた。 奇跡の人為的発生。愚かなる矛盾。 「樋野さん……!」 「センセ。…
工藤征二の葬儀は、しめやかというよりは、あっけなく執り行われた。 弔問客も少なく、既に父親を亡くしていた征二の周囲は、彼を悼むどころか、その死を知ることすらなかったようだ。 小雨の降る教会で、黒いワンピースに身を包んだ羊…
羊子は片方の手で麻衣子の手をぎゅっと握りしめたまま、後方を睨んでいる。 「羊子さん……」 「大丈夫よ」 「誰か、いるの?」 麻衣子は非常に素直だ。だから、羊子の視線の先を辿って、程なくして、『彼』――浩之と目が合った。 …
『運命』なんて言葉は便利すぎて吐き気がする。羊子は心からそう思っている。 誰が何を企もうと、誰が何処で笑おうと、それを『運命』だからしょうがないのだと片付けようとする安易さに立ち向かって生きてきた。だから、 「私ね、とん…
年に一度、紅白歌合戦だけは、消灯時間を過ぎてもテレビの視聴が許可されている。それは、普段の「消灯夜9時」の意味の無さを裏づけているが、それを追求する者はいない。 時計の針が午前0時を指すと、デイルームにいた患者たちからは…
師走に入り、街は一気に賑やかになった。街を彩るイルミネーション、華やかなクリスマスソング。しかし、すべてが麻衣子にとっては疎ましかった。 いや、自分には縁がないと思っている。病棟でもクリスマスパーティらしいものをするが、…