第一群  黒 蝶

診断不能、なのだそうだ。現代の医学では奇跡は解き明かせないということだろうか。 樋野麻衣子は、指先から徐々に体が黒蝶に変化する病に冒されている。病名はまだない。極めて希有も稀有、それもそうだろう。 「ありえない」というの…

今日の短歌 二の腕

1 「守りたい」「壊したい」とで揺れているきみの二の腕なんか冷たい 2 殺されるならほっぺたにいい歳をしてケチャップつけたきみがいい 3 ライオンは生存のためだけ殺すいのちの価値を知っているから 4 カレー屋の屋号が変わ…

Strawberry Feels Forever

「ぎんいろ」 ゲリラ豪雨が降るのは、もう毎日のことになってしまった。窓に次々と打ちつける雨粒を、きみはフローリングに座って凝視している。日が落ちてきたのでカーテンを閉めたかったけれど、きみはもうしばらく窓辺にいたい様子だ…

今日の短歌 白鷺

1 許されていたと気づいてあの頃の自分にかける「大丈夫だよ」 2 嫌なことばかり目につく金曜は好きなケーキを買うべきである 3 「死にたい」と「死ぬ」の間に横たわる遥かな川を白鷺が征く 4 道端に落ちたザクロを踏んづけた…

今日の短歌 ちゃんとすごいよ

1 美化されず今日まで共に在った傷こころははだかちゃんとすごいよ 2 反抗をしない者だけあたたかいスープが飲めるここは東京 3 真夜中にこっそりチョコをくれた女性ひと「早く出てきな」お元気ですか 4 正当化事由に貼った付…

今日の短歌 猫の目

1 好きだから好きと伝えただけだからそんな無難な目を向けるなよ 2 猫の目に大した意味に映らない見た目ばかりが整ったもの 3 叫びたい衝動よりもそのあとの疲労について話しましょうか 4 間違えるのがそんなにも怖いのか深夜…

最終章 月

仕事帰り、僕はいつものように駅前のピアノを見に行った。そして、先客がいないのを確かめると、ぎこちない手つきで初めてピアノに触れた。鍵盤は、想像以上に重たかった。僕は何度も「ド」と思しき音を右手の人差し指で押さえた。大学生…

第十五章 決意

病院は、僕を懲戒解雇ではなく自己都合退職として扱った。その方が、病院にとってもメリットがあるとのことだった。彼の一件が世間に明るみに出れば、病院の監督責任が問われるからだ。医師免許のはく奪を逃れるために病院が後始末をして…

第十四章 正義

僕の願いは叶うことはなかった。彼に、あの山の月を見せてあげることができなかった。彼の悲しみを還すことが、僕にはできなかったのだ。 連行される際、彼はようやくこちらを見た。そして、口角を上げて微笑んだ。僕にはその笑顔の意味…

第十三章 警笛

すべてなんて、許されなくていい。ただ、ほんのひとしずく、認め合えるものがあれば、それだけで人は生きていけるのだ。時に過ちを犯しながら、傷つきながら、ボロボロになりながらだって、人は前に進める。前を向けなかったら、横を向く…