第六話 脱出

佳恵の中には、企みという名の衝動が渦巻いていた。それは、懐かしい日々を急速にたぐり寄せた時に発せられる「もや」のように彼女を包み始めた。 自分の目の前に、犬伏裕司がいる。もはや見間違いようがない、現実。これをここで今受け…

第五話 再会

我ながらなんという嘘をついているのだろう。佳恵が冷や汗をかいていると、恵は驚いた表情で、 「犬伏くんに妹さんがいたなんて……!」 と、感動すらしている。 「生き別れってことは、きっと色々あったのね」 「えっと……」 「い…

第四話 潜入

秋が一歩ずつ前進して、空気が澄み始める。この季節の風物詩といえば文化祭だ。駒春日病院も例外ではなく、『春日祭』なる催しが開かれることを知ったのは、最初は病院のロビーのポスターだった。 精神科病院が、文化祭。しかも、患者が…

第三話 電話が鳴った

なまじお腹が痛いと言ってしまったため、その日の昼食はお粥にされてしまった。午後二時には既に空腹を感じてしまった裕司は、散歩ついでに売店に寄ることにした。外出時は、ナースステーションの前にあるノートに名前と用件、戻る時間を…

第二話 シュークリーム

「おかえりー」 佳恵がセンターに戻ると、北野が茶菓子を用意して待っていた。 「どうだった?」 ざっぱくな北野の問いに、しかし佳恵は「はー」とため息をつくばかりだ。 「ダメだったの?」 北野が畳み掛けるも、佳恵は首を横に振…

第一話 ラナンキュラス

東京にも綺麗な星空が見える場所があってね。誰かにつけられた地名をそのまま使うのは野暮だから、僕は「星見ヶ丘」って呼んでる。 ちょっと厨二っぽいかな?  確かに、そうかもね。 もう一度、見せてあげたい、星見ヶ丘の夜空を。 …

最終話 虹

6月のよく晴れた日、絵美子の結婚披露宴が盛大に開かれた。いつもメイクには気を遣っている絵美子だが、プロにメイクアップしてもらい、ウェディングドレスを身に纏った姿は、見る者を惹きつけるだけのパワーに溢れていた。 「おめでと…

第二十二話 優しい時間

想いが通じ合うということの、凄まじい自己肯定感は、同時に彼を不安にもさせた。自分はこのまま幸せになってもいいのだろうか? しかし、彼女は教えてくれた。共に歩もうと。共に、影を背負っていこうと。 解き放たれる時があるとした…

第二十一話 抽象画

真一の自宅は、中野駅から15分ほど歩いたところにあった。木造モルタルのアパートの、102号室。駅までの道すがら、二人はコンビニに寄ってお菓子や飲み物を買った。それから、安全に結ばれるための道具も。これは桃香がこっそり買っ…

第二十話 クリスマス

決して許さないで、そして忘れない。思い続けることが、彼にとっての償いなのかもしれない。 苛烈な過去を語ってなお、桃香は真一のことを受け入れた。そのことは、許しを意味するわけではない。それでいいのだ。それが、いいのだ。 今…