第十九話 手を繋ぐ

ふるーるの所長、三浦さんはこうなることすら全て見抜いていたのだろうか。 あの時、三浦さんは桃香にこう、問うていた。 「人を、さ。想う気持ちって大事だけど……」 「はい」 「人をありのままに受け止めるって、簡単じゃないよね…

第十八話 許さないということ

江古田の喫茶店で、彼女は静かに涙を流しながら、彼の手を握っていた。彼女の精一杯の力で、握りしめていた。 彼の口から語られた話を、桃香ははじめはじっと聞いていた。しかし、話し終えた真一の様子が明らかにおかしいことに気づいた…

第十七話 アトリエ

心に蓋をするのは、彼にとって簡単なことだった。級友の「事故死」すら、1ヶ月もすれば机の上の花瓶もなくなり、日常がだらしなくやってくる。 また、みんなが空気を読みあい、相互監視する日々がやってきた。人は忘れる生き物なのだろ…

第十六話 弱さ

祖父がそれを読んでいたのはなんとなく覚えている。中原中也の「山羊の歌」だと知るのは随分後のことだが、「サーカス」という詩の独特な表現が、妙に心に残った。 「ゆあーんゆよーん ゆやゆよん」。 再生されるのは、優しかった祖父…

第十五話 横顔

考えるのが苦痛で、だから考えたくなくて、でも、考えずにいられない。 恋って、きっと、そういうものだ。 真一の前には今、横顔の女性が描かれている。 それは桃香の面影を写しているようで、しかしどこかに影がある。 彼の見る桃香…

第十四話 彼女の事情

桃香は両親からの仕送りで暮らしている。たまに体調がいい時にアルバイトをする程度で、すぐに不調になってしまうため、なかなか就職できないでいる。 彼女はいわゆる、お嬢様だ。桃香の父親は大企業で専務をしている。 厳しい父と、父…

第十三話 映画館

「観たかったんだ、『君の名は。』。みんなすごい良いよって言ってるから」 「まだ、上映してたんだね。よかった」 真一は財布を出そうとする桃香を制し、自分の財布から二人分のチケット代を出した。 「割引、使えるから」 と言って…

第十二話 女子会

「で、なんて呼び合ってるの?」 絵美子が問うも、桃香はスマホから目を離さずに(真一とのラインのやりとりを見ているのだろう)、 「え、フツーだよ? 名前で呼んでる」 「そ。良かったねぇ」 「まぁね〜」 ルンルンの桃香に、絵…

第十一話 おでこ

三浦さんはマイペースに、それでいて優しく桃香に話しかける。 「僕、自分のこと大好きなの。何でだと思う?」 「えっと……超能力が使えるからですか」 三浦さんはアッハッハ、と笑った。 「本当に、素直だねぇ。僕には超能力なんて…

第十話 おなじ色

応じたのは、垣内さんだった。車いすを軽快に転がしながらやってきて、 「こんにちは。安田は今ちょっと外にいて。御用ですか?」 「あ、はい。あ、いいえ」 「え?」 怪訝そうな顔をする垣内さん。当たり前だ。 桃香はモロゾフのク…