第十話 おなじ色
応じたのは、垣内さんだった。車いすを軽快に転がしながらやってきて、 「こんにちは。安田は今ちょっと外にいて。御用ですか?」 「あ、はい。あ、いいえ」 「え?」 怪訝そうな顔をする垣内さん。当たり前だ。 桃香はモロゾフのク…
応じたのは、垣内さんだった。車いすを軽快に転がしながらやってきて、 「こんにちは。安田は今ちょっと外にいて。御用ですか?」 「あ、はい。あ、いいえ」 「え?」 怪訝そうな顔をする垣内さん。当たり前だ。 桃香はモロゾフのク…
兵藤さんは真一を心配していた。あの日以来、どこか心ここにあらずといった感じで、仕事にも凡ミスが増えたからだ。 「あのさ、安田くん」 兵藤さんは真一の提出した書類を手にしながら、 「平成2016年って、ありえないでしょ。こ…
桃香は真一の腕の中で深呼吸した。彼のブルゾンには少しだけ煙草のにおいが染みついているが、それすらも、今は心地よく感じられる。 真一はぎこちなく、しかし優しい手つきでゆっくりと桃香の頭を撫ぜる。 桃香は少しだけ驚いて、パッ…
真一は一瞬戸惑ったが、持ち前の頭の回転の良さですぐに状況を飲み込み、 「大丈夫です。誰も襲ってはきませんよ」 桃香の背中にそっと手を添えた。 駅構内には相変わらず、運転再開の見込みがない旨のアナウンスが流れている。駅員に…
二人はしばし茫然としていたが、桃香が突然、 「ジェラート、溶けちゃう!」 と言って真一にカボチャ味とバニラ味を半ば押し付けるように渡した。 「私は洋ナシとチョコを担当します」 「え、え?」 「早く!」 二人は近くにあった…
桃香は人混みに堪えながら、懸命に真一を探した。本来なら都会の混雑は桃香にはしんどいはずだが、幸い『豊島ふれあい福祉祭』はそれほどひどい混み具合でなかったために、絵美子も大丈夫と踏んだのだろう。 喫煙所に行ってみたが、それ…
「こんにちはー! 『ピアサポートセンター・ふるーる』でーす! 手作りのストラップ、キーホルダー、カードケース、いかがですか~?」 ブースに絵美子の朗らかな声が響く。さすがは販売のプロだ。「ふるーる」のパンフレットを一読し…
絵美子が怪訝そうに桃香を見る。身動きしないと思いきや、桃香は突然その場から速足で離れだした。 「ちょっと、桃香!」 桃香は跳ね上がる鼓動をどうにかしたくて、しかしどうしようもなくて、ひたすらあの場から逃れることを考えてい…
思い立ったが吉日。絵美子にはあきれられてしまいそうだ。しかし桃香の足は迷うことなく本屋へ向かっていた。本棚を探しても、中原中也は見当たらない。流行りのコミックのコーナーは広いのに、詩歌のコーナーなんてオマケ程度にしかなく…
プロローグ 激しい雨の後にこそ、空には虹がかかる。そして、見上げないと、その虹は見ることができない。 夜明け前が最も暗いと言われるように、光の射す一歩手前がきっと、最も苦しいときだったりする。それを抜けたからこそ、世界は…