第三話 心臓の形(三)扉

高畑美奈子は「その日」も、自宅最寄りの中野駅からいつもと同じダイヤの下りの中央線に乗り、乗り換えの立川駅のエキナカにあるベーカリー「キィニョン」でお気に入りの焼きカレーパンをゲットし、足早に青梅線を目指していた。青梅線は…

第二話 心臓の形(二)口笛

彼は機械的な動きで銀のボウルの中の巨峰を一粒ずつ指でつまみ、隣に置かれた白い皿に移し替える。4秒間で一粒移すのが、だいたいの目安だ。呼吸をまったく乱すことなく、しかしどこか切迫した空気を醸し出しながら、「作業」は行われて…

第一話 心臓の形(一)遺言

……かつて愛した貴方へ。私には一切の恐れるものがなくなり、失うものを失い果てて、ついに自由から逃れなくなりました。すなわち、私が残滓であるということを、他でもない私自身が理解してしまい、この薄汚れた殻を破らざるを得なくな…

プロローグ 告白

その夜の南大沢警察署は、悪質な飲酒運転の取り締まり対応に追われたものの、取り立てて大きな事件も起こらずに一日の業務を終えようとしていた。加えてその年は長梅雨ということもあり、軽微な物損事故を起こす車も多発していた。 南大…

今日の短歌 クラクション

1 クラクション 猫よりきみが驚いて非日常へと逸れる側道 2 ひどい雨ひどい青春ひどい傘 だってすべてが美化されるから 3 筆箱の隅にくしゃりとパンダの絵いつかどこかで使った切手 4  変なひとばかり周りに集うのはわたし…

今日の短歌 お探しのページは削除されました

1 履歴書の特技の欄が埋められずますます自分が好きになった 2 「気車」じゃなく「汽車」なんだって知ってても「×ばつ」を書き足さないといけない 3 殺したいとすら思わず切先を滑らせてほら美味しい刺身 4 舌足らずな伝え方…

分けあった季節

豊穣とは、枯れ朽ちる手前のいっときの喜び。祝福された実りを手にする人々にとって、収穫とは、その喜びを分けあう、かけがえのない作業だ。 幼馴染のフレイは、あどけなさの残る頬に土ぼこりをつけながら、僕の家の果樹園の収穫を手伝…

今日の短歌 変わらない日々

1 コンビニでアイスを買ってダッシュしてふたりの夏はそれでも溶けた 2 ケンカしてそっぽを向いた夜なのにJUNKのせいで笑うしかない 3 前髪を切っても気づくきみじゃない目くばせしてもウインクされる 4 自転車のカタログ…

まんまる

私は浮かんだことがある 心を逃した先に居た 完全な球体と一緒に 美化されがちな夏アルバムの 読み飛ばされる一ページに 名前を与えられることもなく 極彩色のクレヨンで塗り潰された ちゃちな汚れ 神さまのこと 打ち上げ花火の…

ありのみのうた

夏休みが始まっても、わたしはあんまり嬉しくない。宿題をたっぷり出されたし、算数ドリルなんて見たくもない。なによりわたしが一番苦手なのが、自由研究だ。何をすればいいのか、全然わからない。 夏休みは「休み」なんだから、勉強な…