中指

より暗いほうを見ていたかった。闇の濃くて冷たい空間に視線だけでも逃してやりたかった。 LEDで照らされた京王線の車内、帰宅のラッシュアワーを少し過ぎた頃に、どうにか座席を確保し仕事で疲れた体を沈めると、7人がけのロングシ…

ファミレス

きみが神さまを自称しはじめてから、いつも私は寂しい。自称だなんて胡散くさいし、そもそもどこから見てもきみは、至って平凡なサラリーマンだ。 なのに、きみは確固たる意志をもって自分が神さまだと信じている。笑えない冗談か、はた…

オリオン座と嘘と

オリオン座を寒空に見つけた。僕の中で、果たされない約束が白く凝固していく。日々は容赦なく流れていくし、時の波に押し流されて、若さとやらも既に失われつつあるようだ。 「愛情とは自らを定位置に投影するための曖昧で不可解な感情…

ふたりの一週間 Colorful days go on.

ひとりとひとりとが出逢って、ふたりになった。孤独と孤独とを掛け算したかのようなモノクロの虚しさが、日々を重ねるにつれ、いつしか彩られていく。これはそんな、ささやかで、それでいてどこかが強烈にずれている、「ふたり」の、なん…

天体観測

秋川浩輔あきがわこうすけは自分に課せられた使命を自覚して以来、規則正しい生活を心がけている。風邪など引くわけにはいかないからだ。 毎晩していた晩酌もやめた。惰性で動画を観るのもやめた。毎朝6時に起きて、新聞に一通り目を通…

Odin

オーディン(Odin)はスウェーデンのサブミリ波観測衛星。2001年2月20日、ロシア極東のスヴォボードヌイ宇宙基地からスタールト1ロケットにより打ち上げられた。名称は北欧神話の神のオーディンに由来する。 天体物理学と大…

摩天楼のルール

文明を発展させ続けた人々は、それでも決して届かない天を目指した。あらゆる英知を結集させ、神々の領域を侵さんと目論んだ。己らこそが神であると言わんばかりに、兵器や武器を製造しては力を誇示した。あるいは遺伝子操作を暴走させ、…

ぽんっ!

八岐大蛇ヤマタノオロチは、ほとほと困り果てていた。あれほど恋焦がれてようやく手中に収め、新月の夜に食らおうとしていたはずの櫛名田比売クシナダヒメが、なんと蛞蝓なめくじに、ある朝姿を変えていたのだ。 それが先に喰らった櫛名…

ミューズの背中

ある時、きみは僕の前でシャツを脱ぐのをひどく嫌がった。気分じゃないのかと問うたら、そうではないと蚊の鳴くような声で答える。じゃあどうして、と更にきくことはしなかった。きみの目が、ひどく潤んでいたから。 僕は宮廷作曲家の端…

セイレーンの涙

私が歌えば、人々は皆、自ら滅びを選んだ。私の歌声は、人々を激しく惑わすのだ。 しかし、そのことを私が望んだわけではない。私はただ、歌うことを愛し、歌うことに喜びを感じていただけなのに。 私を捕らえるべきという魔女キルケの…