第七話 ディアー

私たちはほぼ無言でマックの片隅に座っていた。アイスコーヒーを飲み終えた桐崎くんはぽつりと、 「噂なんて気にしないよ」 と言った。表情からは相変わらず、彼の心の中を察することはできない。 「人の噂も七十五日って言うでしょ。…

第六話 噂

「何者、か」 私の言葉を吟味するように彼は反芻した。 「さぁ、何なんだろうね」 「……ごめん」 「なんで謝るの」 「いや、なんとなく」 「智恵美は、『なんとなく』が多いよね」 「……」 桐崎くんは、私の、彼氏だ。 「ちょ…

第五話 日常/非日常

桐崎くんが夏風邪を引いた。熱が38度近くまで上がり、ベッドから起き上がれないという。その一報をラインで受け取った私は、ビタミンウォーターとお粥の材料を持って彼の住むアパートへ向かった。 場所は何となく知っていたが、行くの…

第四話 チョコレートとコーヒー

数週間が過ぎて、夏菜子の消息が周囲に徐々に疑われ始めた。元々一人暮らしだった夏菜子は、あまり実家にも連絡を取っていなかったらしく、夏菜子の両親が異変に気付いたのは六月も中頃を過ぎたあたりだった。 「彼氏と駆け落ちしたらし…

第三話 フロム・ヘル 

ひと昔前、「フロム・ヘル」という映画が流行ったことがあった。切り裂きジャックを題材にした映画で、娼婦の女性が連続して殺されていく実際にあった事件を描いたものだ。 それを知ってか知らずか、とある日の午後にショッピングモール…

第二話 ごめんね 

「夏菜子、今日も休みなんだね」 同窓生の美恵の何気ない言葉に、私は肝を冷やした。美恵はスマホをいじりながら、言葉を続ける。 「ラインしようかなぁ。さすがに心配だわ」 「いや、しなくていいんじゃない?」 私はとっさに美恵を…

第一話 桐崎くん 

桐崎くん。最初に彼の名前を呼んだのはいつだろう。 彼はいつも背筋をしゃんと伸ばして、キャンパスを歩いていた。人気のない学部だったから、人数のそれほど多くない教室の中で、それでも彼は異彩を放っていた。 友人は少ないように感…

今日の短歌 ああそうか

1 ああそうか星の見えない夜だからきみの涙が見たくなるんだ 2 真実はいつもひとつというけれどたまに複数あったりもする 3 なぞりつつ今日雨だねとつぶやいた窓枠がひしひしと軋んだ 4 落ちる砂見つめていれば三分は世界で一…

晩夏〜初秋

世に響く蝉の声こそ警鐘か ひぐらしよ宛名滲んだ茶封筒 うつせみをしずくといだく野の草よ 薬飲む喉もとの汗ひとすじよ 秋蛍よ月にも太陽にも媚びず

今日の短歌 コンビニアイス

1 お土産は大事な人を数え買う片手で足りずじんわりとなる 2 真っ青な田んぼを鷺が堂々と羽ばたきもせず満足そうに 3 東京へ戻る列車はまたの名を現実行きと呼ばざるを得ず 4 降り注ぐ火の粉を数えているきみ正常なんて野暮な…