第六章 純愛

若宮香織のマイペース並びにハイペースぶりは折り紙付きだ。葉山が顔を真っ赤にしているのは果たして酒のせいだけだろうか。 その目の前では竹中と美乃梨が、見ていないふりを貫いて談笑している。白々しい。 葉山は2回、大きく深呼吸…

第五章 らしさ

葉山はおそらく、あのUSBメモリのパスワード解除に成功したのだろう。あの日以来、捜査会議の途中で上の空になることも、もちろん途中で抜け出してトイレにこもることもない。むしろ以前よりはつらつと仕事にまい進しているように見え…

第四章 まさか

USBメモリを自分のノートパソコンに挿入する瞬間、微かな罪悪感を覚えた。しかし、それ以上の高揚感が僕の手を止めさせなかった。 保護ファイル パスワードを入力してください とだけ表示されたダイアログボックスに、僕は最初にk…

第三章 予感

トイレの一件以降、葉山はどこか覇気がないように感じられた。なんとなく頬杖をついたり、せっかくお茶を淹れても飲まずに放置したり、そんな時間が増えたのだ。 「香織、ちょっといい?」 給湯室で茶葉を捨てていた私に、美乃梨が話し…

第二章 そっちじゃない

美乃梨はなんというか、確信犯だ。いつもボディーラインがはっきりするようなスーツ姿で、特に胸元なんかはボタンが可哀想なくらいにボリューム感があるし、きっと肩こりが大変なんじゃないかと余計な心配までしてしまう。 さながら痴漢…

第一章 カフェと映画館

この頃大流行している映画があるんです、と唐突に若宮に教えられた。大きなヤマが一段落したので有給休暇を取得しようと、申請用紙を提出したときのことである。 「『花束みたいに恋をした』っていうんですけどね」 「はあ」 「一緒に…

エピローグ しあわせのかたち

翌朝、美奈子が目を覚ますとリビングの方から香ばしい匂いがした。これは間違いなく淹れたてのマンデリンだ。 寝ぼけ眼をこすると、まぶたが腫れぼったくなっていた。昨日、さんざん泣いたせいだろう。 「美奈子、おはよう」 リビング…

最終話 きみはともだち

(一) デイケアで木内がアコースティックギターを披露し、参加者から気持ちばかりの拍手をもらっていたところへ、電話の子機を携えた岸井が神妙な面持ちでデイケアルームに入ってきた。 「どうしたの?」 「皐月ちゃんから、あの子の…

第五話 決意と覚悟

(一) 解離性同一性障害の状態像は、その奇異さばかりが取り沙汰されがちである。他の医師や看護師らは、少年の――彼が殺害された江口医師の息子という点を抜きにしても――担当を受けもつのをひどく敬遠した。 彼はいつもひとりで個…

第四話 真相

(一) 奥多摩の朝は空気が非常にしんと澄んでいる。岸井の手作りパンケーキに舌鼓を打ち朝食を済ませた二人は、クリニックの周辺を散策していた。 「たまにはいいね、こういうのも」 美奈子は嬉しそうに裕明の腕に自分の腕をからませ…